日本人の感覚で考えると、ものすごくお店に失礼なんじゃないか? と疑問に思うのだが、店側としても「食器はきちんと洗ってないから、もし気になるんだったら自分で洗ってね」というスタンスだったようだ。このあたり、いかにも「自分の身は自分で守る」という考え方がある香港らしい。
この所作を「洗杯(サイプイ)」といい、少し前まで飲茶には欠かせない行為だった。現在は衛生状態もよくなり、一般的なレストランでは「洗杯」を行わなくてもまったく問題はなくなったが、特に年配の香港人の中では習慣として根強く残っている。
この「洗杯」、地元の人がやっているのを見ると、一連の流れが実に自然でカッコいいのだ。飲茶の一人前のセットは平たいお皿、小碗、湯呑み、レンゲと箸だが、平たいお皿は通常、骨やゴミ置きに使用するので洗わなくてもOK。
[一般的な洗杯のやりかた]
1 まずは小碗にレンゲを入れ、次に箸を立てて入れ、箸の中ほどから静かに箸に沿ってお茶(またはお湯)を注ぐ。箸とレンゲをゆすいで完了。
2 お茶が溜まったままの小碗に湯呑みを入れ、くるくると指で回しながら一周洗う。くれぐれも火傷に注意。逆に香港人はみんな熱くないのかと感心してしまう。
3 小碗内のお茶を回して小碗をすすぎ、大きなボウルにお茶を捨てる。これですべて終了。ボウルが最初に出て来なくても、店員に言えば持ってきてくれる。
さあ、これでおいしい料理を食べる準備は万端。ちなみにこの「洗杯」、ひとりが同席者全員の器を洗ってあげているのをよく見かける。飲茶は大人数が基本なので、器を洗うのもお茶をつぎあうのも、コミュニケーションの一部なのだろう。
もちろん、一流店や高級店ではこの儀式をやっている人はほとんどいないので、無理して観光客が真似する必要はない。だが、地元客で混み合うローカルレストランで、食器の衛生面が心配だったり、周りの客がガチャガチャと音を立ててこの儀式をやっているのを見たら、見よう見まねでぜひチャレンジしていただきたい。
日本ではけしてすることのない「レストランのテーブルの上で食器を洗う」という行為、これがしてみるとけっこう楽しい。気休め程度かもしれないが、食器もきれいになることだし、つかの間香港ローカル気分が味わえる。周囲からも「あの日本人、通だな」なんて思われるかも。
この儀式に出会いたかったら、上環の『蓮香楼』や『蓮香居』、川龍村の『瑞記茶楼』などがおすすめ。どれも相席が当たり前の庶民派レストランなので、常連の年配客の様子を観察していれば、きっと年季が入った「洗杯」が見られるはずだ。地元客で常に混雑している、やや上級者向けのお店ではあるが、度胸とノリがあればきっと大丈夫。日本人的な控えめさは少しの間忘れて、オールド香港な雰囲気を楽しもう。
(宇田川理絵)