「限界集落(ギリギリ)温泉」をはじめ、アマゾンで精力的に電子書籍出版を続ける漫画家の鈴木みそ。10月からアマゾンでスタートしたKindle連載でも、いち早く「マスゴミ」が上梓されました。
自身のブログ「CHINGE」では単行本の出版部数や電子書籍の配信数も公開中。2013年で、個人で最も配信数を記録する漫画家になるとも言われています。紙に電子出版にと、軽やかに活動を続けるみそ氏に、電子出版に対する思いを伺いました。

書けないネタでも漫画ならOK

───「マスゴミ」はタイトルが秀逸ですね。

みそ もともと別冊プレイボーイ(集英社)という月刊誌に連載していた漫画で、タイトルは編集さんがつけてくれました。僕もタイトルを聞いた瞬間「これはヒットするよね!」と思ったんですが、シーンとしたまま4話で終わっちゃいましたね。


───さえないフリーライターが女装して大活躍する業界モノで、キャラクターのおもしろさや、業界の裏側などが覗けておもしろかったですよ。

みそ ありがとうございます。このまま眠らせておくのは勿体ないと思っていたところ、タイミング良くアマゾンさんに声をかけていただきました。

───毎回読み切りで、ネタ探しが大変だったのでは?

みそ 月刊誌連載だったので、そのスタイルは最初から決まっていました。はじめる前は大変かなと思っていましたが、意外となんとかなりましたね。編集との打ち合わせでも「このネタが旬です」「いいですね〜」なんて、わりとすんなりと。


───あれ、そうだったんですか?

みそ もともと週刊プレイボーイが母体の編集部だから、芸能人系のネタがいっぱいあったんですよ。記事では書けないネタでも、漫画でフィクションにすれば大丈夫って。

───それはおもしろいですね。自分たちでは価値ないと思っていた情報でも、第三者から見れば宝の山だったというわけですね。それを漫画という表現手法で商品に仕立て上げた。

みそ ああ、そういった言い方はできるでしょうね。


───最近だと有名キャラクターが登場する企業紹介漫画なども、そうしたやり方の一つですよね。総じて従来の「出版社=漫画家」という関係がどんどん崩れて、多様化しています。しかも、それが電子出版という形でマネタイズもできるようになってきた。

みそ よく出版不況と言われるけど、ちょっと視点を変えれば、いろいろできることはあると思うんです。コンテンツを配信するだけなら、ホームページでもいいんですが、広告くらいしかマネタイズの方法がない。そこにようやく、電子出版という新しい形が生まれてきた感じですよね。


うめ先生のワークショップがきっかけ

───電子出版には早くから注目されていますよね。

みそ もともとガジェット系が好きで、その流れでずっと興味があったんですよ。でも、ホントのきっかけは漫画家のうめ(小沢高広・妹尾朝子)先生が2010年5月に秋葉原で開催された電子出版ワークショップ「明日、ボクらのマンガを出版する為に!」に出席したことですね。

───ああ、そうなんですか。うめ先生も電子書籍に積極的な漫画家として、業界では有名ですよね。もっとも2010年といえば、まだKindle 3が発売される前でした。
「自炊」が話題を集めていた頃で、個人出版なんてまだまだ......という感じでしたよね。

みそ 実際、Kindle ダイレクト・パブリッシング (KDP) で個人出版をするには、ノウハウに加えて英語の壁も大きかったですしね。でもワークショップで「日本語対応したら、意外と簡単にできるかも」と思いました。それで同じ電子書籍プラットフォームのパブーで個人出版をしたり、出版社経由でKindle版を出してもらったりしながら、KDPの機会もうかがっていたんです。

───それが、ようやく機が熟した。

みそ はい。
昨年末にPCと格闘してデータを変換して、お正月からアマゾンで配信を開始したんです。それが「限界集落温泉」でした。

───1巻から3巻まで同時発売で、しかも1巻が100円でしたよね。自分も正月休みに実家でダラダラしていたとき、Twitterで知って驚きました。こんなのアリなんだって。

みそ Twitterで宣伝したら、どんどんリツイートされて広まって。そこから、どんどん反響が広がって。100円という値付けもあって、1月だけで1万部を越えたんです。あれで初めて電子書籍を買ったという人も多かったようですね。それでこっちもやる気になって、どんどん出していきました。

───なるほど。

みそ ちょうど漫画を手軽に電子化できる「Kindle Comic Creator(KCC)」というツールも4月から始まって。JPG画像を用意するだけで、自動的にアマゾンで配信できるmobiデータに変換してくれるもので、すごく使い勝手が良いんですよ。これでKDPをはじめる漫画家仲間が増えるかなと思いましたが、残念ながらまだまだですね。

───Kindle連載の直接のきっかけは?

みそ 漫画の取材でアマゾンの人にあったり、イベントでお会いしながら、だんだん顔見知りが増えていって。それで「今度Kindle連載をはじめるので、みそさんも何か配信してみませんか?」と声をかけてもらいました。その時の条件が「連載形式のもので、紙で発売済みのものでもいいけど、電子出版で配信されていてはダメ」ということで。何かあるかなーと探していて、「マスゴミ」を思い出して。

───良い話ですね!

みそ 本編が4話で、それに読み切りが2本ついて、6話で380円という価格設定にしました。紙の単行本だと短めですが、電子書籍だったらいけるだろうと。

───タレントの伊集院光さんが昔、100円のダイエット本をKDPで出したいと言われていたのを思い出しました。紙の本としては短めで、内容もライトで、低価格なもの。『マスゴミ』のライトなノリも電子書籍向きです。

みそ そうなんですよね。だから、ホントは価格をもう少し勉強しても良かったかもしれませんね。とりあえず初回ですし、様子見というところで。

Kindle連載、一話は全部無料で良い

───実際に出してみて、Kindle連載の感想はどうですか?

みそ ブログにも書きましたが、期待していた反面で、あれっていうところはありました。というのも、雑誌だと毎回読者が買ってくれるから、連載が無料の宣伝になって、読者が積み上がっていきますよね。それで全部まとまってから単行本になる。ところがKindle連載だと買った人には連続で連載が届きますが、買わない人は知らないまま終わっていくんですよ。中には連載のダウンロードを途中で止めちゃう人もいたりして。

───出せば出すほど読者が減っていく、逆スライド方式だったわけですね。

みそ そうそう。だから読者が途中でどれだけSNSなどで「おもしろかった」と言ってくれるかがポイントで。

───バズってナンボ。

みそ でも、同じKindle連載でも、うめ先生の「東京トイボックス 0」は、いきなりバーッとランキングが上がって、まだ上位をキープされていますよね。最初は僕の方が売れていましたが、しっかり抜かれてしまいました。いまドラマも放映中ですし、インパクトがありますね。

───ランキングが可視化されちゃう功罪はありませんか? あまりに順位が低くて、嫌になったりとか。

みそ 僕は全然問題ないんですよ。ネットの評判とか、2ちゃんねるの書き込みとか、良い話も悪い話も、全部取り込んでネタにしちゃいます。ああ、また荒れてるとか。それに、紙の時代から自分の著作については、部数をすべてブログで公開してるんです。編集さんにも一言、断りをいれますけどね。「書いちゃうけど、いいよね」って。

───いやー、驚きました。

みそ いわば「赤裸々マーケティング」ですよ。そういうの、好きなんです。

───漫画を描くだけじゃなくて、自身で販促もされていて、すばらしいです。

みそ それにKDPでいえば、はじめに思ったより数がいきましたからね。パブーで出した時は全然動かなかったんですよ。即売会など対面販売をしていたときは、一日で100冊くらい売れていたのが、パブーだと年間で90冊しか売れなかったり。双葉社さんで出して頂いたKindle版の「アジアを喰う」も低空飛行でしたねー。それで「限界集落温泉」も100冊売れたら良いよねと思って出したんです。それが1万部以上売れたので、励みになりました。

───しかも、それが実数でわかるわけですからね。

みそ 本当にそうですね。ただ、たまたま当たっただけだとは思います。実際、他の漫画家さんで50冊、100冊という話はざらにあります。でも、それはしょうがないですよね。

───その通りだと思います。

みそ まだ紙で買うけど電子書籍では買わない人が圧倒的なので、これから紙と同じくらい電子書籍の市場が広がっていくと、どんどん変わっていくと思います。それに、仮に電子書籍と紙の市場が同規模になれば、電子書籍のランキングで実売も推計できるので、部数を隠しても意味がないですよ。

───そういうのを、おもしろがれる人の方が向いている。

みそ まあ、ブログで部数を開示するのは、うちの嫁は絶対に嫌だって言ってます(笑)。

DRMは邪魔だから、つけない

───ファミコンに似ていますね。任天堂ソフトだけの時代はボチボチでしたが、ナムコのゼビウスなどサードパーティが入ってきて、ドラクエだ、信長の野望だと、一気にスケールメリットが出て、市場が広がりました。

みそ そうなんですよね。あとはKindle連載でいえば、はじめにお金を払って単行本の続きを買うというシステムが、敷居を高くしているのかもしれないですね。ふつうは雑誌で連載が掲載されて、ある程度まとまってから単行本になる。つまり最後にお金を払うシステムですから。

───他の電子書籍プラットフォームでは、一話が無料というところもあります。Kindleでもサンプルを閲覧できますが、うまく機能していないような......

みそ Kindle連載も、ホントは一話ずつばら売りした方がいいんじゃないかなあ。少なくとも一話は全部無料でいいですよね。エピソードごとに値段が変わってもいい。システム的にはすごく負荷がかかりそうですが、アマゾンのサーバだったらできるはずですよね。値段が一日の中で何回も変動させられるくらいだから。これ、中の人に会ったら言ってみよう(笑)

───いいですね! ぜひお願いします。

みそ ばら売りでも、セット販売でもいいので、読者は好きなように漫画が買えて、気がついたらクラウド上の仮想本棚がどんどん充実していく。その上で規格が統一されて、電子書籍販売サイトや端末に関係なく、同じように漫画が買えて読めるというのが理想ですよね。だから僕はDRMも外しているんです。

───えー、そうなんですか。それはすごい!

みそ 最初にDRMを入れちゃうと、後から外せないんです。だから最初からDRMフリーの設定でデータを作っています。あれは邪魔だと思ってますから。
(小野憲史)

後編に続く