猪瀬直樹東京都知事が辞職を表明した。
2012年12月の東京都知事選で圧勝。
その約一年後、医療法人徳洲会グループから現金5000万円を受け取っていたことが発覚。苦しい釈明を繰り返した末の辞意表明だった。

猪瀬都知事が急転直下に見舞われた11月。偶然にも私は、猪瀬直樹と選挙で戦い、敗北した一人の元都知事候補を追っていた。
マック赤坂、65歳。本名、戸並誠。
元貿易会社社長。現在は財団法人スマイルセラピー協会会長という肩書きの人物。

2007年東京都港区議会議員選挙を皮切りに、国政選挙、東京、大阪、新潟の首長選挙など計9回にわたる出馬。スーパーマンや宇宙人などのコスプレ政見放送で名をあげた。
今夏公開された『映画「立候補」』(監督:藤岡利充)。2011年大阪府知事選を舞台に、いわゆる泡沫候補の選挙運動を描いた作品である。
このドキュメンタリー映画に、マック赤坂は主役級の扱いで出演している。

「10度、20度、30度!」と叫びながら行う奇抜なパフォーマンスは、ネットを中心に一部で話題となった。が、マック赤坂の12年都知事選の得票数は、猪瀬直樹の100分の1以下。得票率はわずか0.58%だった。
人生2度目の都知事選に敗れたマック赤坂は、続く2013年夏の参院選でも東京都選挙区から出馬し、落選。そして、彼は政界からの引退を宣言した。

9戦9敗の男。それがマック赤坂である。

そんなマックが各地の大学を訪れ、講演会を行うという情報をキャッチし、私は同行取材を試みた。
なぜ彼は、勝つ見込みのない選挙に出馬したのか。そしてなぜ、引退を決意したのか。


【マック赤坂、次に目指すは芸能界!───結局私は、泡沫候補ですよ】

11月3日。
一橋大学の学園祭にマック赤坂は現れた。ピンク色に染め上げた髪の毛に、黒のタキシード。ワインレッドの蝶ネクタイ。歓声と失笑に包まれながら、スマイルポーズで顔をひきつらせている。
立ち見が出るほどの超満員。学生はもちろん、初老の男性や、家族連れも見受けられる。
場内の会話を聞いていると、恐いもの見たさやひやかしの感じもある。

拍手で迎えられるマック赤坂。
身振り手振りをくわえながら熱く語る。その内容は案外、常識的だ。
「結局私は、泡沫候補ですよ。でもね、300万円の供託金は一律にはらっている。
なのに、日本の選挙というものはその時点でたまたま人気のある政党が勝つようにできているんです。マックは負けると分かって戦ってなんかいないんですよ。いつだって勝つために戦ってきた!」

学生へのメッセージは、さらに熱を帯びる。
「『知りて行わざるは、只だこれいまだ知らざるなり』という言葉があります。……人生はせいぜい100年。一回きりしかない。分かり易く言うと、私はいろんな経験がしたいんです。様々な『界』がありますが、政界はもう嫌です。引退しました。次にマックが目指すのは芸能界だ! ……いいですか、みなさん。失敗を恐れずに行動してください!」
マックは芸能界進出を手始めに、今後も「行動」を続けるという。


【マック赤坂、ミックスフライを語る───やらない後悔よりもやる後悔】

その翌日。
マックは、上智大学ソフィア祭を見物したあと、日本大学芸術学部のキャンパスへと向った。そこでは『映画「立候補」』の上映会と、プロデューサーを務めた木野内哲也とともにトークショーを行う予定となっている。移動中の車内、マックは饒舌だった。

「なぜ芸能界を目指すのかって? 俺はしきりをつけない。ボーダレスなんだよ。お、今いいこと言ったぞ。現在は複雑化しすぎているんだ。シンプルに。複雑化から単純化。シングルからマルチ。複合。これまではセパレートだったんだよ。これからはユナイトだ。おい、これメモしろよ!? いいか、トータル、グローバル、マルチプル。そう、限界はないんだ。政治も、宗教も、芸能も。つまりはミックスフライということだな! ……メモしとけよ!」
唾を飛ばしながら、次から次へと繰り出されるコンセプト。車内に響くマックの声は自信に満ちあふれている。その頭のなかで、ありとあらゆるものがカラッと揚げられ、盛り合わせになった。

夕刻に始まったトークショー。その中で、マックの口から語られる出馬の理由はいくつかある。
「スマイルセラピーの普及のため」「単純に目立つのが好きだから」「実業界の次は政界を目指そうと思った」「真剣にこの国の行く末を案じていた」等々……。
しかしそのどれもが、私にはしっくりとこなかった。どこか誂えた言葉のように感じられた。本当の理由は、もっと深いところに根ざしているのではないか? でなければ何度も出馬などしないはずだ。いくらお金持ちだとはいえ。
「行動」の源泉は何なのか。謎は深まる。

帰りの車内でマックは言った。
「俺の行動理念を教えてやろう。『やらない後悔よりもやる後悔』だよ、分かるか? むしろ、行動=失敗だと思え。結果は大切だ。だが、失敗を恐れていては何もできない」
何かを思い出しているのか、マックは宙を仰ぎ、目を瞑る。
「あのときやっておけばよかった……これは地獄の苦しみだぞ……」
マック赤坂の後悔───それは、選挙に打って出て、負けたことではない。そう私は直感していた。


【マック赤坂、きゃりーぱみゅぱみゅ初体験───スマイルしとけばええんやろ?】

一週間後。慶應大学日吉キャンパス。ここでは慶應三田祭の前夜祭として、きゃりーぱみゅぱみゅのライブが行われる。
マックは選挙期間以外でも、スマイルダンスという独自のダンスを渋谷ハチ公前でよく踊っている。演説中、ヴァン・マッコイのディスコチューン「ハッスル」のリズムに合わせてマスカラを振る姿は『映画「立候補」』の印象的なシーンだ。そんな彼はきゃりーぱみゅぱみゅから新たなダンスの着想を得ようと考えているらしい。チケットは完売だったが、ネットオークションを使い2万円で落札したという。

16時半、開演直前にやってきたマック。
「おもしろくない! おもしろくないよ! 不愉快だ!」
怒りの原因は私の提言にあった。マックは後日、慶應でのトークショーを予定している。運営にマークされるのを避けるため、今日は派手なパフォーマンスをしないほうがよいと言ったのがまずかったようだ。
「俺は権力に縛られるのが一番嫌いなんだよ! ……壊してやればいいんだろ? 破壊だよ、破壊。なあ、舞台に上がってやるよ! きゃりーの首しめたらええんやろ? 運営の何が偉いんや。全部壊してやるぞ!」
マックは感情が高ぶると、関西弁になる。憤怒の面持ちで、マックはコンサート会場となる講堂へと消えていった。
私は寒空の下、マックの帰りを待った。きゃりーぱみゅぱみゅのポップな音楽と歓声。そのなかに悲鳴が混じりはしないかと案じながら……。そして一時間半ののち───

「おう、おもしろかったぞ。リズムもダンスも単調だが、シンプルだ。だからノれる。あれは上手いよ。俺はきゃりーをキャリーするぞ。いわば、きゃりーオーバーだ! ガハハ」
マックはご満悦であった。

近場のファミレスで今後の打ち合わせをすることになった。マックは焼サバ定食と白ワインを注文。私は水を注文した。
「ダンスだったら確かに、きゃりーに負ける。でも俺にはメッセージがある。9回の選挙という下積み。政治、メンタル、スマイル、エアロビクスというトータルパフォーマンスがある。俺はアメリカでデビューするぞ! 本気でハリウッドを目指しているんだ!」
芸能人として、日本にとどまらずアメリカ進出の夢を語るマック。しかし、私が聞きたいのはマックの夢の話ではなかった。

───マックさんの学生時代というと70年安保ですよね。マックさんも学生運動をされていたのですか?
「……いや、やらんかったな。たしかに学生運動は盛んだったよ。だけど、俺はそのおかげで卒業できたってところ。授業なんかできん。バリケードのおかげさ。……まあ、当時は政治に興味がないというのもあった」
マックの政治的動機に探りをいれたつもりだった私は、肩すかしをくらった。
───では、そのときから今のようなお金持ちを目指していた?
「金持ちってのでもなくて……何だろうな、まずは実業家になって成功すること。がむしゃらだったよ。俺は貧乏だったから。コロッケ一つを家族5人で分け合うような家庭や。学生運動に参加すると就職で不利になるだろうな、という気持ちは正直あったよ……」

自分の過去を振り返るとき、マックは少しだけ寡黙になる。恥ずかしさもあるのかもしれない。当時はまだ、マック赤坂ではなかった。若干20歳の青年戸並誠であったのだ。
「実像と虚像というのは両方いるんだよ。きゃりーを見たときな、あっ、この子はピュアだなと思った。じゃなきゃあんな有名にはならない。あいつには虚飾がないんだろう。ただな、半分は虚像をつくらないと、ダメなんだ」
サバを突いていた箸が止まる。
「みんなが何をマックに期待するのか。それは本当の俺じゃないよ。極端に言ったらな、俺はスマイルなんかできない。でも、スマイルしとけばええんやろ? 違うか……?」
しばしの沈黙。重くなった空気を振り払うように、ほらお前も食え食えと言って、私に定食の残りを分けあたえた。

マックが残したサバを摘みながら、私は、ますます知りたくなった。マック赤坂ではなく、戸並誠という人間を。
(HK 吉岡命・遠藤譲)

中編につづく