衣食住に関する記述も多く、いちいちうならされる。たとえば、上方時代劇ではきつねうどんがよく出てくるが、じつはきつねうどんは明治26(1893)年に大阪の店が出したのが始まりだという。よって、幕末の「適塾の福沢諭吉青年」らにきつねうどんを食べさせるのは考証的には正しくないことになる。
あるいは、女性が会葬の際に黒喪服を着服するようになったのは、日中戦争以降と、ここ80年足らずのことだというのも意外だった。昭和初期までは婦人は白喪服を着服しており、それがなぜ変わったのかといえば「奢侈を慎む」との理由からだったという。とすると、女性の黒喪服は戦時体制のなごりといえなくもない。
大森によれば、時代考証の究極の極意は「へんなものを出さないこと」だという。
《時代考証においてはるかに大事なのは「××を出さずに済みました……」という消極的成功です。せっかく巨費を投じた豪華なセットや衣装が、本来一文もかからずに修正できたはずの無神経な所作や台詞のために台無しになってしまうのは、実によくあることなのです》