東京・六本木ヒルズの森美術館で「アンディ・ウォーホル展:永遠の15分」が開催されると知ったとき、何だか、ポール・マッカートニーとかローリング・ストーンズとかボブ・ディランとか、ここ最近続いている海外の大物アーティストの来日公演に感じたのと似たような「いまさら!?」感を覚えた。いや、まだ健在の人と亡くなっている人を一緒くたにしてしまうのもどうかと思うが(ストーンズのライブは評判もいいようだし)、いま観に行っても新しい発見があるのかどうか、ちょっと疑わしく思ったのだ。

こんなふうに書くと、ウォーホルのことが嫌いのように思われそうだが、むしろ好き、いや大好きである。いまから20年ほど前の田舎の高校生にとって、アメリカン・ポップアートの旗手であるウォーホルは、おしゃれカルチャーの象徴的存在だった。当時購読していた講談社の「現代美術」という全集のうち、とくにウォーホルの巻はよく開いて眺めていたし、その数年後、1996年に東京都現代美術館で開催された回顧展にももちろん足を運んだ。

あと、ウォーホルのシルクスクリーン作品を真似して、自分でもプリントごっこを使い(原理はシルクスクリーンと同じなので)、小渕恵三のポートレートをつくったこともある。なぜ小渕恵三だったのかというと、このとき亡くなったばかりだったから。ウォーホルも、女優のマリリン・モンローが死んだ直後にその肖像を制作したりしていたので、手法だけでなくその題材選びにもオマージュを込めたつもりだった(オマージュって便利な言葉!)。