歴史的な激戦となった今年のパ・リーグ。
ソフトバンクとオリックスによる最終決戦は、これまた球史に残るようなサヨナラ勝ちでソフトバンクが優勝を決め、秋山監督は7度宙に舞った。

一方のセ・リーグでは一足先に巨人がリーグ3連覇を決め、原監督は8回胴上げされた。

プロ野球にとって秋は胴上げの季節。
優勝して胴上げされる監督もいれば、引退を決意し、チームメイトたちからお別れの胴上げをされる選手もいる。

先日は長年日本ハムでレギュラーを務めた金子誠が引退を発表し、チームメイトから背番号と同じ8回の胴上げをされた。ロッテで一時代を築き、WBCで世界一も経験した里崎の胴上げは重過ぎて1回って終わった。

いずれにせよ、引退を機に胴上げされるなんて、レギュラークラスの選手だけの特権だ。

ところが、ちょうど1年前の10月3日、意外な、といっては失礼だが、レギュラーではないひとりの引退選手が東京ドームで胴上げをされた。で、それがそのまま本になった。

『プロ野球生活16年間で一度もレギュラーになれなかった男がジャイアンツで胴上げしてもらえた話』

著者は胴上げされた張本人、昨年限りで巨人を引退した古城茂幸と、古城と同じ大学野球部出身で「日本でもっとも野球のうまいライター」と称される本木昭宏による共著となる。

古城茂幸<フルキ・シゲユキ>、といっても、熱心な野球ファンでないとなかなか知られていない存在かもしれない。

このことは古城自身も認めていて、《ご存じの通り、僕はたいした選手ではありませんでした。2006年にはプロ9年目にも関わらずテレビの解説者のかたに『コジョウ』と読み間違えられたことがあります(笑)》と本文の中で記している。

そして、よく知らなかったのは実は原監督もだった、というのが本書で明らかにされている。

《原に『おまえさんは、内野手だよな? 内野はぜんぶできるのか?」と聞かれ、思わず「外野もできます!」とアピールした古城。(中略)「ずっと内野手をやってきたのに『内野手だよな』って聞かれるんだから、原監督はまったく俺のことを知らないと思って逆に全部が吹っ切れた。完全にゼロからのスタートだと思った」》とは、古城のトレード当日、原監督に挨拶に行った際のエピソードだ。
(余談だが、いろんな本やインタビューを読む限り、原監督はつくづく長嶋タイプだなぁと感じる。本書ではそんな飛んでる原語録も随所に登場する)

古城とはいったいどんな選手だったのか? プレー内容を思い出せなくても、「2007年クライマックスでのアホ走塁」と聞いて思い出す人もいるだろう。本書の中でも、《動画再生回数260万回超えの「古城のアホ走塁」》としてYouTubeの動画内容が紹介されている(本文では「260万回超え」となっているが、現在ではさらに増えて「270万回超え」になっている)。

原監督曰く、《彼はどっちかというとチョンボの印象が強い(笑)。意外なすごいこともやるけど、大事な場面でチョンボもやらかす。2007年クライマックスの最終戦、代走で出て行って飛び出してゲッツーは信じられないよね(笑)。“なんのために出ていったのよ”って話。『意外性』と言えば聞こえはいい。きれいに言うと『個性的』だけど、悪く言えば『やらかしちゃう』(笑)。でも面白い選手だった》

そんな「チョンボ」で「意外性」で「個性的」で「やらかしちゃう」選手・古城茂幸を、日本ハム時代のチームメイトである片岡篤史や田中幸雄、奈良橋浩、小笠原道大、巨人時代のチームメイトである阿部慎之助、高橋由伸、原辰徳監督、そして家族や大学時代のチームメイトも含め、17人へのインタビューを通して掘り下げていく。

その詳細は本書に譲るが、本書全体を通して痛感できるのは、組織における「バックアップメンバー」の重要性だ。そのことを象徴するかのように、本書は古城茂幸の本にもかかわらず、ユーティリティプレーヤーの代名詞でもある故・木村拓也について丸々一章を割いて取り上げている。

プロ野球ファンであれば誰もが憶えている2009年9月4日の「キャッチャー、木村拓也」という緊急事態。そのとき、実際にフィールドでプレーしていた選手はどんな心境をいだき、ベンチはどんな様子だったのか。そして、それを成し遂げた木村拓也という人間がどんな選手だったのかが克明に描かれている。

面白いのは、「何が何でもレギュラーになりたい」という姿勢からなんでもこなせる選手になった木村拓也と、レギュラーを目指すというよりも「自分のできることをやろう」という姿勢から、いつしかなんでも頼られるようになった古城茂幸……正反対な野球観にかかわらず、辿り着いた役回りがとても似ていた、ということだ。そして、そんな選手がいるチームは本当に強く、しぶとく、いやらしい。

《俺のような凡人にタクさんのマネはできない》と古城は謙遜するが、チームが本当に困ったときに必要とされる選手だったからこそ、引退に際して胴上げされるに至ったのは間違いない。

4番やエースの活躍にばかり目が行きがちなプロ野球。いや、プロ野球に限らず、会社や組織においても、人はエースやレギュラーの座を求めて行動する。それ自体はもちろん正しいけれど、問題はそんな花形のポジションが叶わなかったときに何ができるか、ではないだろうか。チームが困ったときに「振り向けば、古城」と頼りにされた男の生き様からは、学ぶべき点は多い。

さて、ペナントレースが終わり、いよいよ始まるCS、そして日本シリーズ。古城のような存在を擁して勝ち上がっていくのは一体どのチームだろうか?
(オグマナオト)