「シチューうどん」と聞いて最初に思い浮かべたのはクリームシチューの中にうどんがドバっと投入されているイメージだった(それはそれで美味しそうだ)が、今回取り上げる「シチューうどん」はそれとは違う。
牛肉と玉ねぎ、ジャガイモが入った透き通った塩味のスープ。これを「シチュー」と呼び、そこにうどんが入ったものが「シチューうどん」となる。スープにとろみはなく、さらっとしている。「ポトフに似たスープ」と形容されることが多いようだ。

筆者は通天閣の建つ「新世界」エリアにある大衆食堂「あづま」で食べたのが初めてだったが、牛肉と野菜の旨みが溶け込んだ素朴で優しい塩味のスープが大変好みに合い、ことあるごとに食べるようになった。二日酔いの朝などに食べると、疲れ果てた内臓が癒されていくのが手に取るように分かる気がしたものです。
その昔、シチューうどんを出す店は大阪に複数あったというが、現在は2店を残すのみとなった。危うしシチューうどん! と言った状態だが、さらに筆者が「シチューうどん」を食べに通っていた「あづま」が2014年10月から改装工事に入り来春まで営業を休止することになったという。
と、言うことは今「シチューうどん」を食べられるのは残る1店のみ。その1店が大衆食堂「かね又」。大阪市北区黒崎町、地下鉄堺筋線の「天神橋筋六丁目駅」からほど近い場所にある。早速行ってみることにした。

お昼過ぎののんびりした空気の流れる店内。カウンターに座り「シチューうどん(500円)」を注文した。壁のメニューを見渡すと、単体のシチュー(300円)、玉子焼きや小鉢がついたシチュー定食(800円)などもあった。
ほどなくして運ばれてきた「シチューうどん」。そう! これこれ。玉ねぎと牛肉が浮かぶさらさらのスープ。ジャガイモは輪郭が曖昧になるほど煮込まれており、塩味スープの食感に彩りを添えている。うどんは、最近の「コシが命!」みたいなものではなく柔らかな歯ごたえ。
ああ、うまい。なんだろうこの、派手さのないしみじみした美味しさは……。毎日でも食べられる味だ。卓上の七味・山椒との相性も最高。
お店の大将の手が空いたタイミングを見計らってお話を伺ってみたところ、「シチューうどん」というメニューを出したのは30年ぐらい前からになるという。うどんの入っていない「シチュー」そのものは戦前からあったのだが、ある時、お客さんが「うどんを入れてくれ」とリクエストしたのをきっかけに出来上がったメニューだとのこと。
ちなみにこの「かね又」は支店で、本店は現在の大阪市西区にあった。一時は数多くの支店があったそうだが、いま残るのはこの黒崎町の店舗のみだという。
本店から受け継いだ看板メニュの「シチュー」、「ルーツを調べてみたら面白いと思いますけど、もう誰も知ってる人がいなくてねぇ」と大将は言う。「織田作之助も食べた」と聞いて調べてみたところ、「アド・バルーン」という短編に『かね又という牛めし屋へ「芋ぬき」というシュチューを食べに行く』という一節があった。「芋ぬき」というのはジャガイモ抜きのことだろう。当時の「シチュー(シュチューか)」には"○○抜き"、"○○乗せ"のようなさまざまなバリエーションがあったのかもしれない。何にせよオダサクが食べた味に、時を超えて出会っていると思うと嬉しいものである。
味付けは"塩のみ"とのことで、具材をじっくり煮込めばご家庭でも近いものが再現できるかもしれない!筆者も挑戦してみようと思う。
ちなみにこの日、シチューうどんを味わいながらぼーっとしているとお店のドアが開いて小学生の女の子が現れた。
(スズキナオ)
■「かね又」:大阪府大阪市北区黒崎町12-15