『その女アレックス』が「史上初の6冠達成!」で話題になっている。
宝島社のムック「このミステリーがすごい!2015」の海外部門第1位
「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門第1位
『ハヤカワ ミステリマガジン』「ミステリが読みたい!」海外編第1位
「IN☆POCKET文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第1位、
さらに英国の「英国推理作家協会 インターナショナル・ダガー賞」、フランスの「リーヴル・ド・ポッシュ読書賞」を受賞。

ミステリ小説をたくさん読む人たちが大絶賛する『その女アレックス』は、本当におもしろいだろうか?

ここで警告。
ネタバレはしない。
が、
帯に書いてあるようなことや、他のベスト10で書かれたコメントにあるようなレベルのことは書く。
『その女アレックス』を読むなら、まったく何も知らないまっさらな状態で読むのが一番楽しいと思う。
ネタバレはしない。
しないけど、もう買ってて、「これから読むよ!」という人は以下を読まずにいきなり本を開くのがベストだ。


というわけで、書く。

ぼくが買った文庫本の帯にはこう書いてあった。
「あなたの予想はすべて裏切られる!」
「慟哭と戦慄の大逆転サスペンス」
「大反響! たちまち増刷!」
「絶賛の声、続々!! 詳細は帯ウラを参照」
帯ウラを見ると、
「ミステリーの通たちから驚愕と絶賛の声!」
「緊張感に溢れ、攻防から目が離せなくなる」−池上冬樹(文芸評論家)
「衝撃度はまず半端ではない」−関口苑生(文芸評論家)
「二転三転の展開と驚愕の結末が実に魅力的」−権田萬治(文芸評論家)
「近年でもっとも独創的」−オットー・ベンズラー(文芸評論家)

すごい絶賛である。

若い女アレックスが誘拐される。目撃者の証言を受けて警察が捜査に乗り出す。
拉致されたアレックス側と捜査する警察側、短い章立てで交互に描かれる。

男はなぜアレックスを木箱に閉じ込めたのか?
アレックスが殺される前に助けられるのか?
いきなりサスペンスフルな渦中に読者は投げ込まれる。
ところが……。

評判を聞きいて読んだ友達は「べつにそんなに驚かなかった、どんでん返したいしたことないよ」と言うのだ。
そう。
帯の文言、実は「どんでん返し」とは書いてない。
「どんでん返し」という言葉が想起させる「ラストで事態が大反転する!」という話ではない。

『ダ・ヴィンチ・コード』とか『ボーンコレクター』みたいなギャクテーンぎゃくてーんまたギャクテーンってのとは違うテイスト。
どんでーん返し期待して読むと肩透かしをくらう。
どちらかというと「サスペンス版藪の中」だ。

おっと、ここから、もっと『その女アレックス』の構成について語ってしまうので、
このあたりで「それなら読もう!」と思った人は、これ以上なにも知らない心身で本を読んでくおくれ。

「訳者あとがき」にこうある。
“この作品を読み終えた人々は、プロットについて語る際に作品以上に慎重になる。
それはネタバレを恐れてというよりも、自分が何かこれまでとは違う読書体験をしたと感じ、その体験の機会を他の読者から奪ってはならないと思うからのようだ”。

さらにミステリ評論家オットー・ペンズラーがこう表現する。
“私たちがサスペンス小説について知っていると思っていたことのすべてをひっくり返す。これは、近年でもっとも独創的な犯罪小説で、巧みな離れわざに私は繰り返し翻弄された。次に何が起ころうとしているのかやっと理解できた、と思ったとたん、足をすくわれるということが二度も三度もあった”。
もうひとつ「訳者あとがき」から引用しよう。

“そうこうするうちに、誘拐事件で始まった物語は様相も次元も異なる事件へと発展し、読者を乗せた船は大きな舵を切る(それも一度ならず)。”
ラストにどんでん返しがあるのではなく、途中で事件の様相が変わっていく。
ドライブ感すらチェンジしていく。

さあ、具体的には書かないが『その女アレックス』の後半について触れるから、ネタバレとかうるさいタイプの人は、ここから先は読んじゃダメだよ。

もっと言えば『その女アレックス』の読みどころは、その予想を裏切る物語の変化そのものですらない(いや、そこも凄いんだけど)。
変化によって見えてくる一面的ではない事件の様相。

さらに、捜査する側の登場人物の魅力。
そのふたつによって生み出す読後感こそが、この作品の大きさだ。
身長145センチの小男の警部カミーユ・ヴェルーヴェン。
大男の上司ル・グエン。
金持ちでハンサムな部下ルイとドケチのアルマン。
デコボコガタビシの四人組は、凄いところもあるがダメなところもある奴ら。
彼らに対する親近感がじょじょに増してきたところで、ラスト。
読む人の倫理観を揺るがす事実が浮かび上がってくる。
サラっと、当然であるかのように。
ぼくにとっては、とても後味が悪く、まだ尾を引いている。
でも、読む人によっては、快哉を叫ぶ終わり方かもしれない。
そう感じる人がいるだろうなということも含めて、衝撃的なのだ。
『その女アレックス』、覚悟して、ぜひ読んでみてください。(米光一成)