昨年8月末、1枚の画像がインターネットのあちこちでシェアされて、大きな反響を呼んだ。
「宝塚でルパン三世?wwwwww」
そう、あの宝塚歌劇団で『ルパン三世』を舞台化するというのだ。
画像はそのポスターだった。中央には宝塚風メイクをバッチリ決めて赤いジャケットを羽織った男役スター。周囲にはもちろん、次元大介、石川五ェ門、峰不二子もいる。さらに、あのガニ股でダミ声の銭形警部まで、宝塚スターが完全再現! その振り切った表情も話題になった。

そして季節は流れて2015年、ついに宝塚雪組公演『ルパン三世 ―王妃の首飾りを追え!―』が初日を迎えた。まずは本拠地である宝塚大劇場での公演を終え、2月20日から3月22日まで東京宝塚劇場での公演が行われる。筆者は幸運にも初日公演の直前に行われたゲネプロを見ることができた。いや、これがすごかった!

今回の宝塚版『ルパン三世』は、脚本と演出を兼ねる小柳奈穂子による完全オリジナルストーリー。ルパンに扮するのは雪組の新たなトップスター・早霧せいな(さぎり・せいな)、ヒロインのマリー・アントワネットは同じく雪組の新たなトップ娘役となる咲妃みゆ(さきひ・みゆ)が演じる。
『ルパン三世』は雪組トップスター、トップ娘役としてのお披露目公演であり、また宝塚歌劇101年目の最初の公演でもある。要するに、非常に力が入っているのだ。

最初の舞台は現代のフランス。
ベルサイユ宮殿では長らく行方不明だった“マリー・アントワネットの首飾り”の展示が行われていた。時価30億円にも上るお宝を狙うのは、天下の大泥棒、ルパン三世とその一味。予告状を受け取った銭形警部もルパン逮捕に執念を燃やしている。

厳重な警備をかいくぐり、マリー・アントワネットの首飾りに手を伸ばすルパン。そのとき、ルパンたちを不思議な光が包み込む。気がつけば、ルパン一味と銭形警部は、ルイ16世とマリー・アントワネットが生きていた1785年、革命前夜のフランスにタイムスリップしてしまっていた。王宮の中で出会うルパンとマリー。宮廷の退屈な生活に飽き飽きとしていたマリーは、奔放な異世界からの旅人に心奪われる。もちろん、女好きのルパンがマリーの美貌に興味を持たないわけがない。

一方、ルパンたちは現代に戻るため、パリの貴族たちの間で話題になっていた未来を予言し、時を操る錬金術師カリオストロ伯爵に接近する。実はこのカリオストロ、錬金術も予言もまるっきりできない、ただの詐欺師だった。

しかし、ルパンは現代でも「まだ生きている」と噂される謎の男・カリオストロを見込んで仲間に引き入れる。
時を超えるにはマリーが持つハプスブルグの秘宝“マリアの涙”が必要になる。それを盗み出すため、ルパン一味とカリオストロの仲間たちが手を組むのだ。

あらためて王宮のマリーの元に忍び込むルパン。無知で奔放なマリーだが、自分に正直に生きたい、フランスのために生きたいと心から願っていた。未来からやってきた大泥棒に、自分の未来を尋ねるマリー。当然、フランス革命で処刑されることを知っているルパンだが、思わずマリーに「好きな人や子どもや孫に囲まれて、末永く幸せに暮らすよ」と告げる。このとき、ルパンが盗む標的が決まった――。

ルパン三世とマリー・アントワネットの“自由”をめぐる物語

まず、オープニングで大野雄二作曲による「ルパン三世のテーマ」が宝塚歌劇オーケストラによる生演奏でドカーンと演奏されるだけでグッとくる。これだけでもルパン感120%といった感じ。ほかにも劇中では「非常線突破」や「ラブ・スコール」など『ルパン三世』の名曲が生演奏で次々と披露される。銭形警部のテーマ「銭形マーチ」を銭形役の実力派・夢乃聖夏が歌い踊るシーンも見どころの一つだ。

誰もが気になるキャストたちのなりきり具合だが、ルパン役の早霧はアニメから抜け出たような見事なスタイルでありつつ、いなせな立ち姿と軽妙な動き、そして俊敏なアクションを披露している。
いかにも大仰なミュージカル風の芝居を想像すると気持ちよく裏切られるだろう。次元を演じた彩風咲奈、五ェ門を演じた彩凪翔もまるっきりアニメから飛び出たような姿を見せてくれている。

今回のストーリーは、いわば宝塚お得意の『ベルサイユのばら』の世界にルパンたちを招くというもの。クライマックス近くでは、ルパンとロベスピエール(『ベルばら』にも登場するフランス革命の闘士)の一対一の対決というお楽しみもある。

サブタイトルにも登場する「王妃の首飾り」とは、革命前夜のフランスで実際にあった大掛かりな詐欺事件「首飾り事件」の中心になった代物。この「首飾り事件」は宝塚版『ルパン三世』の物語のベースにもなっているので、予習しておくとより理解が深まるだろう。また、実はルパン三世のおじいちゃん、アルセーヌ・ルパンが幼少期に最初に盗み出した記念の獲物だったりする(モーリス・ルブラン『女王の首飾り』)。このあたりの作り手の目配せが心憎い。

物語の鍵を握るカリオストロ伯爵は、マリー・アントワネットと同時代を生きた実在の詐欺師。『ルパン三世 カリオストロの城』の元ネタ、モーリス・ルブラン『カリオストロ伯爵夫人』のさらに元ネタである。脚本・演出の小柳は、種村季弘の『山師カリオストロの大冒険』に心惹かれ、宝塚歌劇で舞台化しようとしたこともあるのだという。

本作を手がけた小柳奈穂子は1976年生まれ。
宝塚の座付き作家としては若手に分類される。ハインラインのSF小説から萩尾望都に代表される少女漫画、乙女ゲームや2.5次元ミュージカルにも明るい人物であり、『オトメコンティニュー』(かつて太田出版から刊行されていた乙女カルチャー雑誌)に『ベルばら』のような元祖乙女向け2.5次元ミュージカルを上演してきた宝塚が一度も掲載されず、歯噛みしたこともあるという。宝塚の中の人でありつつ、現代のアニメやコミック、ゲーム周辺のカルチャーにも精通した人物だ。

小柳は『ルパン三世』の魅力を“自由さ”だと語っている。ルパンは国境からも自由、法律からも自由、常識からも自由、さらに時代に対しても自由な存在だ。小柳が考える『ルパン三世』という作品の根っこは、この自由さにあると言ってもいいだろう。そして宝塚版『ルパン三世』も自由をめぐる物語だ。すべてにおいて自由なルパンが、宮廷と牢獄という自由さとは無縁な場所で一生を送ったマリー・アントワネットと出会う。そこでルパンが盗んだものとは――? 

はたして本作が宝塚歌劇の醍醐味をドバっと全身で味わえる舞台なのかどうかということは、宝塚初心者の筆者にはよく分からない。ひょっとしたらかなり異端な舞台なのかもしれない。情報量が多いため、ストーリーの中で出てくる固有名詞に耳が追い付かなかった部分もあった。しかし、『ルパン三世』の新たな物語という部分では十分な出来栄えだと感じた。
毎年放映されているTVスペシャルも一度、小柳さんにストーリーを頼んだらいいんじゃないかと思うほどだ。

それにしても、やっぱり音楽って重要だ。ラストシーンでルパンに扮した早霧があの曲を熱唱する姿には胸が熱くなったよ。

宝塚雪組公演『ルパン三世 ―王妃の首飾りを追え!―』の前売りチケットはすべて売り切れているが公演予定日には当日券が発売されるので、公式サイトなどをご確認ください。
(大山くまお)
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