もうすぐメジャーリーグが開幕になる。アリーグ東地区のレッドソックスは大型補強をし、世界一に輝いた2013年以来になる地区優勝も充分に狙える位置につけている。

そんななか、今年もストッパー(抑え投手)を任せられるのは4月で40歳を迎える上原浩治だ。
上原の持ち球は実質、ストレートとフォークのみだ。しかもストレートは88マイル~90マイルほどしか出ない。メジャーのストッパーは100マイル(約160キロ)を投げる選手が珍しくない中で、上原は140~145キロ程度しか出ていないことになる。にもかかわらず、メジャーの一流打者たちのバットは次々と空を切り、上原は好成績を残している。
特にレッドソックス移籍後の防御率は2013年1.09、2014年2.52だし、奪三振率(9イニング投げたときの平均奪三振数)はここ2年11.00以上だ。


なぜこれほどの成績を残せるか「覚悟の決め方」 (著:上原浩治/PHP新書)から理由を探ろう。

【驚異的なコントロールのわけ】


上原の特徴といえば、なんと言ってもコントロールの良さだ。whip・K/BBというコントロールを図るメジャーの指標では、歴代でも有数の成績を残している。上原自身、「コントロールもひとつの球種」と自信を覗かせている。
では、なぜ異次元ともいえるコントロールを身に付けることが出来たのだろう。
本書では、中学時代に陸上の跳躍系競技をしたおかげで下半身強化されたこと、そして高校時代にバッティングピッチャーを務め、毎日何百球と投げたことで負担をかけない自然なフォームになったことを理由に挙げている。確かに、プロ野球の歴史でも有数のコントロールの持ち主とされる"鉄腕"稲尾和久氏もプロ入り後、バッティングピッチャーとして投げていたことがコントロール向上に繋がったと知られている。

さらに上原はキャッチボールの大切さを説く。基本中の基本だからとないがしろにされがちだが、コントロール向上には欠かせないものだと語る。キャッチボールの大切さは上原だけでなく、コントロールの良さで知られた現ソフトバンク監督の工藤公康や巨人のエースだった桑田真澄も様々な場で語っており、一流のコントロールを身に付けている選手ほど、基本中の基本を疎かにしていないことが分かるだろう。

【2つの球種で抑えられるわけ】


「コントロールもひとつの球種」とはいえ、上原はほぼストレートとフォークしか投げない。メジャーで活躍する田中将大やダルビッシュ有、岩隈久志らは例外なく3種以上の球を投げ分けていることからも、いかに少ないか分かる。
なぜ2種類のみでも抑えることが出来るのか。その理由は2種類の中にも様々な変化をつけているからだ。

上原はフォークでもただ縦に落ちるものだけでなく、横に曲がりながら落ちるもの、ストライクを取るための落差が小さいものなど複数のバリエーションがある。つまり、上原のフォークは1種類でなく、何種類もあるのだ。
また、上原のストレートとフォークをまったく同じフォームで投げられる高い技術も、少ない球種で抑えることが出来る大きな理由だ。かつて巨人でともにプレーし、メジャーでは対戦経験もある松井秀喜は「上原のフォークは腕の振りが一緒だからストレートに見える。そんな投手はほとんどいない。」と語っている。

【遅いストレートに打者が空振りするわけ】


上原のストレートはメジャーでもかなり遅い
にもかかわらず、上原はメジャーの投手の中でもストレートで空振りを奪う率が高いのだ。なぜメジャーの打者は上原の遅いストレートに空振りしてしまうのか。
それはまず、先述のフォークと同じフォームでストレートを投げられる技術があるだろう。だが、もうひとつ上原がストレートで打者を抑えるために意識していることがある。

それは、打者の体感速度を上げるために「キレ」がある球を投げることだ。キレというものは曖昧なもので、プロ野球選手によっても考え方が違うが、上原は初速と終速の差がないことと定義している。

では、このような球はどうやったら投げられるのか。上原は球を離す瞬間に人差し指と中指でいかに押し出すかが重要と語る。しっかり押し出すことが出来ると、キャッチボールの相手に「プチッ!」という音が聞こえるらしい。野球の経験者ならこれがいかに凄いことであるか分かるだろう。
確かに最近は日本でも150キロを超えるストレートを投げる選手が増えたが、打者が「実際に対戦するとスピード表示より速いと感じない」と語り、バットに簡単に当てられるケースが見られる。この事実からもただ球場で表示されるスピードガンの数字を上げるだけでは意味がないと分かる。

上原自身も本書内で「スピードガンの示す数字にそれほど意味はない。スピードガンはファンサービス」と語る。

もう1カ月後にはメジャーリーグの長いシーズンが開幕となる。メジャーは日本のプロ野球よりも試合数が多く、選手にとってはタフな期間が続く。
しかしそんな中でも上原はこのような投球術でメジャーの打者たちを抑え、レッドソックスの勝利に幾度となく貢献するだろう。また、一昨年のようにワールドシリーズのマウンドに立ち投げている姿を見られることを期待したい。
(さのゆう)