「最高の輸出品」クリントン大統領も讃えた! 野茂英雄の偉大なる功績

近年、多くの日本人野球選手が海を渡ってメジャーリーガーとなっている。もはや日本のスター選手、例えば最近でいうとマー君やダルビッシュがメジャー移籍を表明した際も「ついにこの日が来たか」とそこまでファンも驚かなかったのではないだろうか。
しかし、つい20年ほど前までは日本のスター選手がメジャーに行くことなど、誰もが夢物語のように思い、非現実的なことだった。

では、誰がメジャーへの扉をこじ開けたのだろう。それは「野茂英雄」である。野茂の名は知っている人も多いのではないだろうか。1989年、史上最多となる8球団からドラフト1位指名を受けた野茂は競合の末、近鉄に入団。その後、ルーキーイヤーから4年連続で最多奪三振と最多勝を獲得し、名実ともに日本最強投手だった。しかし、まだまだ選手としてはこれからという6年目のシーズンに日本を離れメジャーリーグのドジャースへと移籍したのだ。
今回は「野茂英雄―日米の野球をどう変えたか」(著:ロバート・ホワイティング/PHP研究所)を参考に、どのようにアメリカに渡った野茂は野球界を変えてパイオニアと呼ばれるようになったのか探っていこう。

【パイオニア】


野茂はなんと言っても日本人がメジャーに行く道をつくった人物だ。そもそも野茂がアメリカに渡った最大の理由は「自分の夢を叶えたかった」などではなく意外なものだ。それは当時在籍していた近鉄バファローズと揉めたから。監督だった鈴木啓示の「とにかく走れ」という根性論の練習、複数年契約などを認めない球団フロントに愛想をつかせた。

あわせて読みたい

  • 黒田博樹が投げる"危ない"魔球

    黒田博樹が投げる"危ない"魔球

  • 宮本と井端 2人に共通する守備論

    宮本と井端 2人に共通する守備論

  • 実はネガティブ 川崎宗則の性格

    実はネガティブ 川崎宗則の性格

  • 90s チョベリーの記事をもっと見る 2015年5月19日のライフスタイル記事
    この記事にコメントする

    \ みんなに教えてあげよう! /

    新着トピックス

    ライフスタイルニュースアクセスランキング

    ライフスタイルランキングをもっと見る

    コメントランキング

    コメントランキングをもっと見る

    コラムの人気のキーワード一覧

    新着キーワード一覧

    このカテゴリーについて

    生活雑貨、グルメ、DIY、生活に役立つ裏技術を紹介。