希の師匠も「何かを得たければ何かを捨てろ」とは言うものの、彼もまた仕事と家族をもっていましたし、希も仕事がようやく軌道にのってきたところで、結婚、地元に戻る、出産を体験します。
百歩譲って、仕事と家族を大事にするのは良しとしても、それに伴う、ものすごく大変な毎日の彼女の労働の数々やそれによる心身の疲弊などはほとんど描かれず、希はショートカットキーを使うようにたやすく結果にたどりついて見えます。こんなにうまくいくはずないと違和感を唱える視聴者もいました。
「まれ」では奇妙なほど、こういった下積みの苦労が描かれないうえ、さらには、不幸も描かれません。以前書きましたが、戦争も震災も出てきません。
先輩職人や姑の嫁いびりすらマイルドでした。友達の嫉妬と裏切りも出てきましたが、あっさり解決します。
父親が二度も自己破産して、二度目に至っては社員から脅しを受けるというエピソードも出てきて、これは本来、非常に重いことなのでしょうけれど、リアルな描写は徹底的に排除されていたのです。
SNS をざっと見てみると、暢気すぎる、リアリティーがないと指摘する視聴者がいる一方で、そのほのぼのしたところを楽しんでいる視聴者も確実にいるのです。
前者の状況を、このレビューでは「つっこ『まれ』」と呼び、主にそちらの視点で書いてきました。こんなふうに、視聴者が「まれ」のここがヘンだよとツッコミどころを探す隙間のあった「まれ」は、それによって一種のドラマを見る楽しみをつくったことは事実でしょう。