しかしその一方で日本サッカー史に欠かせないクラブが苦闘を続けている。それは東京ヴェルディである。
最強のチームだった東京ヴェルディ
東京ヴェルディは現在J2に在籍中。しかし元々はJリーグ屈指の強豪クラブであり、人気もダントツのクラブであった。
Jリーグ発足当時は三浦知良、ラモス瑠偉を中心にJリーグの初代チャンピオン(翌年も制覇)に輝く。1995年にもJリーグチャンピオンこそ逃したが、天皇杯を制している。
当時清水エスパルスの監督だったエメルソン・レオンからは「ヴェルディは外国人選手が5人いる」と言われるほどの強さで、ヴェルディ戦はプレミアムチケット扱いになるほどの人気であった。
早かった東京ヴェルディの凋落
しかし強さは長く続かなかった。ヴェルディの当時の主力が衰えていくと同時に成績も下降(1996年のシーズンは7位)。観客動員数も平均7000人まで落ち込んでいる。
ヴェルディは東京スタジアム(現:味の素スタジアム)が完成すると、2001年シーズンからホームタウンを川崎から東京へ移転。ヴェルディ側からすれば念願の東京移転だったが、苦難の闘いは続いた。
というのも、東京スタジアムには既にFC東京が定着していたのだ。そのため観客動員でもかなり伸び悩んでしまう。
2009年にはユニフォームの胸スポンサーがない事態にまで陥るなど、苦境に立たされる。
Jリーグが親会社に
親会社の経営撤退以降、売却先が見つからず遂にヴェルディはJリーグに株式を譲渡した。その後Jリーグが出資企業を見つけ、ヴェルディの存続の危機は免れたが、いまだ経営状態は良好と言えない。
ヴェルディ失敗の要因としては、親会社からの出資に頼った放漫経営が大きい。しかしそれ以外に、チームとして地元密着をしてこなかったことも挙げられる。
移転問題のこじれから、川崎市に「二度と来るな」とまで言われ、東京移転後も地元のお店などとの間でトラブルが絶えなかったと聞く。
過去の消滅危機を忘れず、東京ヴェルディには浮上のきっかけを掴んでもらいたいものだ。
(篁五郎)
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