その前夜、近松は盟友・竹本義太夫(北村有起哉)とたき火を前に酒を酌み交わしながら「自分たちの書きたいものを書くべし、書くべし」と気炎をあげたものの、体を冷やしてすっかり風邪をひいてしまう。
翌日、近松が鼻をぐずぐずさせながら天満屋へお袖に会いに行く。

……いや、さすがに締めが早すぎた。近松のプロポーズはドラマの本筋ではなく、あくまで一挿話にすぎない。それにしても、求婚したあと「言うてしもうたあ」と心のなかでつぶやくときの近松っつぁんの顔がすばらしかった。松尾スズキの顔芸ここに極まれり。優香のじじい転がし(じじい言うな)ぶりも、志村けんと長年コントを演じてきたたまものであろう。
ちなみに第7回は、最終回直前のファンサービスなのか、本シリーズ恒例の近松が歌う場面が3か所も登場し、前半と後半で「かあさんの歌」(1956年)、そしてくだんのプロポーズの場面では五木ひろしの「よこはま・たそがれ」(1971年)がそれぞれ詞を替えて歌われていた。
今回は客演陣もやけに豪華で、近松の母・喜里(富司純子)を診察する町医者に落語家の桂吉弥が、黒田屋九平次(山崎銀之丞)と結託する大坂西町奉行所の奉行と与力には漫才師のオール阪神・巨人がそれぞれ扮していた。桂吉弥と本作で万吉を演じる青木崇高はかつて朝ドラ「ちりとてちん」で同じ落語一門の先輩・後輩を演じた間柄だけに、久々のツーショットに興奮したファンも多かったのでは? オール阪神・巨人も今回のようにコンビで同じ場面に登場するのはなかなかレアのように思う。
先週放送の第7回はこんな話
「ちかえもん」第7回は、「喜里、越前に帰る」「徳兵衛、黒田屋の策略にはまりフルボッコ」、そして「近松、お袖にプロポーズ」と、最終回を前にてんこ盛りの内容。それでも詰めこみすぎの感は一切なし。
そもそも黒田屋がお初を身請けしたのも、徳兵衛をだまして朝鮮人参を持って来るよう仕向けたのも、平野屋が有する朝鮮人参の闇取引にかかわるすべてを、自分が共謀者たる奉行とともにそっくり奪い取るためであった。
あほぼんの徳兵衛はそんなことはつゆ知らず、お初を思うがあまり黒田屋と約束を交わし、父・忠右衛門(岸部一徳)秘蔵の朝鮮人参をひと箱持ち出す。だが、それを持参された黒田屋は手の平を返したようにすっとぼけ、御禁制の朝鮮人参を自分に渡してどうするつもりだったのかと衆目のなかで徳兵衛をののしる。そのうえ黒田屋は約束した際に自分の書いた証文を、徳兵衛が偽造したものと言い出した。「謀ったな」と徳兵衛が気づいたときにはすでに遅し。彼は黒田屋の手下どもから殴る蹴るの狼藉を受ける。それだけならまだしも、この一件で自分が捕まり罪を負えば、徳兵衛どころか平野屋が信用を失い、店そのものをつぶしかねない。
傷だらけになった徳兵衛、ちょうど母を越前へと見送った近松と万吉(青木崇高)の前に現れ、最後に一目だけお初に会いたいと頼みこむ。万吉がそれに応じて、徳兵衛をこっそり天満屋まで連れて行き、桜舞い散る庭でお初と引き合わせる。ここで徳兵衛はお初に今生の別れを告げ、彼女を万吉に託すも、お初はいやがる。
徳兵衛とお初、こうして心中することを決め、曾根崎の森へと入る。いよいよお待ちかねのクライマックス、心中を受けて劇中の近松たちはどんな反応を見せるのか。物語は今夜放送の最終回へと続く!!
『曾根崎心中』を換骨奪胎
徳兵衛とお初はこれまでにも書いてきたとおり、近松が現実の事件に取材した人形浄瑠璃『曾根崎心中』の主人公だ。また黒田屋九平次は同作でも悪役として登場する。ただし、ドラマでは『曾根崎心中』から人物設定などを微妙に変えてあるのだが。
徳兵衛は『曾根崎心中』では平野屋の息子ではなく甥で、平野屋忠右衛門は妻の姪と彼を結婚させて店を継がせようと、徳兵衛の継母に二貫目の持参金まで渡していた。しかし徳兵衛は、天満屋のお初との深い仲ゆえにこの縁談を拒否。当然ながら忠右衛門は激怒、持参金の返却を迫られた徳兵衛はどうにか継母から取り戻したものの、苦境を訴える黒田屋九平次を救うため二貫目を貸したあげく、だまし取られる。
その後の流れはほぼドラマも同じで、黒田屋から証文を偽造したとの罪を着せられた徳兵衛は逃げ場を失い、お初と愛を誓い合った末に心中の道を選ぶのだった。物の本によれば、当時の大坂の町人からすれば、主人の好意ある縁談に背いて遊女と心中するなど「アホ」としか言いようのない所業だったらしい。だが、近松はここに金銭トラブルをからめ、町人に受け入れられるよう脚色してみせたのだ(『週刊朝日百科 日本の歴史63 仇討・殉死・心中』)。
万吉の正体はいったい……?
そんな能書きはともかく、ドラマでは徳兵衛が黒田屋にだまし取られるものを大金から朝鮮人参に変えてみせたのは、藤本有紀の脚色の妙だった。
アホなキャラクターにごまかされがちだが、これまでの万吉の行動を振り返ると、どこか他人を突き放すところがある。何しろ、お初に仇討をけしかけるわ、徳兵衛にお初の仇が自分の父親であることをよせばいいのに教えるわ、あげくの果てには、徳兵衛とお初に心中をすすめるのだから。そもそも自分が誰よりも先に惚れたはずの女を死に誘うとは、やはりただことではなかろう。
そればかりではない。時の政道に反して不孝糖を売り歩き、あまつさえ、高価な朝鮮人参を失敬する代わりにその不孝糖と入れ替える。それもちっとも悪びれることなく。万吉の周囲の人々を巻きこんでの秩序・価値観の掻き乱しようは、まさに文化人類学でいうところのトリックスターそのものだ。彼の言動ははたしてアホゆえなのか、それとも何か大きな意図があってのことなのか。
(近藤正高)