秋葉原駅前でひとりエアで野球の練習に打ち込む少年、自らを10万30歳と言い張るバンドマン……と濃い面々が次から次へと登場する番組が4月から始まったTBSの深夜番組「万年B組ヒムケン先生」だ。
イケている人たちを「A組」とするならば、パッとしない若者は「B組」。
そんなB組の生徒たちをヒムケン先生=日村勇紀(バナナマン)や小峠英二(バイきんぐ)、小宮浩信(三四郎)が先生となって“応援”していく「B組のためのB組の番組」である。
そんな「ヒムケン先生」について番組プロデューサーである江藤俊久氏を直撃。江藤氏は開口一番「すごくないですか?あの番組」と破顔した。
バナナマン設楽はA組、日村はB組「万年B組ヒムケン先生」プロデューサーに聞く
「万年B組ヒムケン先生」毎週月曜 深夜0:58〜1:28(C)TBS

スタッフは地獄だと思いますけど


───どうやってあんな子たちを見つけてくるんですか?
江藤 街でひたすら声をかけて探しているんです。深夜番組なんですけど7班体勢ぐらいで。
───7班体勢! 
江藤 スタッフは地獄だと思いますけど(笑)。
───そもそもこの番組はどういった経緯で立ち上がったんですか。
江藤 「とにかく大笑いできる楽しい番組を」という編成部からの要望があったんです。で、結構いい年の大人たちが集まって「わーわー」言いながら、どういう番組を作ったら突き抜けていくだろうかっていうのを考えて、
4周か5周回ってここにたどり着いたのが、この企画です。でも、ゴールデンの企画として出したら、編成部が「やめときましょう」って(笑)。ここまで振り切るとは思ってなかったようで。とはいえ見てみたいんでということで、深夜1時台でやりましょう、という経緯でしたね。
───今、「とにかく大笑いできる番組」が許されるのは珍しいですよね。

江藤 演者さん(出演者さん)にも最初の収録で言いました。「本番組は情報性を一切求めません。生徒にひたすら寄り添ってください」って。みなさん「ならば!」って感じでしたよ。やっぱり芸人さんたちは自分のパワーをフルに出したいけど、いろんな状況もあってなかなか羽根を伸ばし切れないっていうのがあるんじゃないですかね。だから、すごく楽しそうですね。
バナナマン設楽はA組、日村はB組「万年B組ヒムケン先生」プロデューサーに聞く
江藤「B組の中でも愛と腕のある人がチョイスされているイメージですね」

日村さんがこういう子たちと向き合ってくれたら


───バナナマンではなく、日村さんがピンなのは理由があるんですか?
江藤 設楽(統)さんが“A組”だからです(キッパリ)。シンプルに設楽さんがA組で日村さんがB組なので(笑)。
───明確な理由ですね(笑)。おそらく同じ理由だと思うんですけど、レギュラーに小峠さんと小宮さんを選ばれたのは?
江藤 そうですね、B組だからです(笑)。ただ難しいところで、ホントのホントにB組の人をB組の生徒に当てると、お互いに“グローブを付けてないキャッチボール”になる可能性があるので、B組の中でも愛と腕のある人がチョイスされているイメージですね。
───日村さんにピンだと説明したときの反応は?
江藤 「はい、はい。はーい」って感じでした(笑)。

これだけ実績のある方なので、「ピンですか!?」みたいな戸惑いはなかったですね。ただ日村さんが「担任」なのか「校長」なのか、僕らは迷っていたんです。校長先生だったらスタジオでロケ映像を見てもらうだけになっていたと思うんですけど、日村さんが「ロケに行くよ」って仰ってくれたんで、「担任」という形になったんです。「日村さんがこういう子たちと向き合ってくれたら面白いだろうな」という思いから企画が始まっているので、それで番組のスピリットが明確になったと思いますね。
バナナマン設楽はA組、日村はB組「万年B組ヒムケン先生」プロデューサーに聞く
番組より、ケブくんを見守るヒムケン先生(C)TBS
江藤「日村さんは静かに〈チョット待って〉って言いますからね」

───日村さんの司会に不安みたいなものは?
江藤 我々は日村さんを「司会」としては位置づけてないんですよ。「担任」なので。だから進行してもらう気はないんです
でも生徒と寄り添うロケの日村さんは“天才”だと思いますね。日村さんは人のことを貶めたりして笑わすのって好きじゃないんだと思うんですよね。だからこの番組は日村さんじゃなきゃダメだったと思うんですよ。
───それはどういう部分ですか?
江藤 バラエティとして面白くしようとする意識は当然あるんですけど、非常に相手に対して愛情があるんですよ。最初に日村さんと「ケブくん」のロケに行ったんですけど、日村さんがとにかくあったかいから、それを見た時に「うん、いい番組だな」って思いましたね。
───根気強く話を聞いてましたね。

江藤 普通の芸人さんだったら、あそこまで泳がせられないです。
───いくら普段ボケ役でも、ツッコんじゃいますよね。
江藤 日村さんは静かに「チョット待って」って言いますからね(笑)。普通芸人さんなら「オイッ!」って言うじゃないですか。でも、日村さんは「チョット待って」。
───確かに!
江藤 今ここで起きているおかしな状況を、本人にどう説明しようか考えるんだと思うんです。そこはやっぱり優しいんですよね。

初回のB組生徒は「ケブくん」。秋葉原駅前で、野球の練習をしていた17歳の少年だ。しかし、彼が手にしている野球道具は、ボールからユニフォームに至るまでほとんどが手作り。なんと彼は1年前にマンガ『あぶさん』を読んで憧れ、独学でプロ野球選手になろうとしているというのだ。

『タッチ』の南ちゃんのようなイメージ


江藤 普通ならば「なれるわけねえじゃねえか!」って2秒ぐらいで終わる話だと思うんです。
けれど、彼が実際にプロ野球選手になれるかは別の話だけど「彼の思いになるべく寄り添って、一生懸命野球に打ち込んでいることが、青春の糧となるのはどうしたらいいか」っていうのは考えてあげてもいいんじゃないのって。

───生徒の思いを否定しないんですね。
江藤 普通ならば「違う夢を考えろ」ってなるところを、ヒムケン先生は「本当にプロ野球選手を目指すなら、本当の野球道具を使おう」ってところから始めるんですよね(笑)。スタッフと何の打ち合わせもなく、そういうアプローチをできるのが日村さん。たぶん本当にあったかい人なんだと思うんです。
───小峠さんと小宮さんは日村さんとはまた違ったタイプだと思うんですが。
江藤 この番組の精神を司っているのはヒムケン先生なので、日村さんはそれを100%表現できるんですよね。他の2人は、その学校に赴任してきた先生で校風は理解している(笑)。けど、小峠先生は生来のツッコミ気質がね、我慢できないんでしょうね。だから言っちゃってましたね。「何、してんだ!」って(笑)。
───それぞれの違いがいいですよね。ナレーターに声優の佐倉綾音さんを起用されていますが、その理由は?
江藤 番組がすごく“男料理”なので、それをフラットに見つめている『タッチ』の南ちゃんのようなマネージャー的な存在というイメージです。
「何、あの男子?」って眉をひそめているわけでもなく、男子と一緒にノッてるでもない。もうちょっと引いたスタンスで応援してくれる女子みたいな。
―――この番組の特徴のひとつとして1話完結ではないことがあると思うんですけど。
江藤 まさかケブくんが2回出てくるかって(笑)。しかも放送はまだですが3回目のロケももう行ってますから。この前、演出の塩谷(泰孝)がロケで感情移入しすぎて泣いたって言ってましたからね。ケブくんのロケですよ! 泣く要素どこにあったの? って(笑)。普段はくだらないこと言ってゲラゲラ笑ってばっかいるヤツなんですけど、そういうの、いいなって思いますね。

1回で終わらせないのは、B組生徒たちに寄り添っているという結果だろう。第2回に登場した10万30歳を自称するバンドマン・DEATHユウタの回では、脱退したヴォーカルに復帰を求めたが、答えはイエスでもノーでもなく「考えさせてくれ」という中途半端なオチ。番組の都合に合わせて結論を急がせたりしない。あくまでもB組生徒たちの思いを受け止めている。


新たな流れができてくればいいな


江藤 ある種、ドキュメントですからね。ちゃんとしたオチがつかないこともある。そういう意味では、番組1回のパッケージとして考えると、番組自体が“B組”ですよ(笑)。でもいいんじゃないですかね。今はしっかりした形にしようとすごくマジメに考えすぎているところがあるんですが「子供の頃、どういうことでゲラゲラ笑っていたっけかな」って振り返ると、時に枠をはみ出すくらいでいいんじゃないかなって。
バナナマン設楽はA組、日村はB組「万年B組ヒムケン先生」プロデューサーに聞く
江藤俊久
TBSテレビ制作局制作一部所属。1967年生まれ、1992年入社。
これまで携わった主な番組は「さんまのスーパーからくりTV」「学校へ行こう!」「オールスター感謝祭」など。現在は「ナイナイのお見合い大作戦!」「万年B組ヒムケン先生」を担当する。

───番組では「ゴールデンを目指す」と仰っていますが。
江藤 ゴールデンへの道筋はまだ見えてこないです(笑)。でもこの子たちが集まっていくことでまた新たな企画が生まれてきたりすると思うんです。まず今は自由にできる枠をもらったんで、いろんなB組生徒たちに会っていき、どういうことを思っているか等、個々を追っていく中で新たな流れができてくればいいなと思っています。でもゴールデンを目指すぞって言ってることがもうネタになっちゃってる感はありますけど(笑)。
───設楽さんを入れなきゃとか(笑)。
江藤 ついつい「この枠で5年くらいずっとやっていたい」って思っちゃうんで、その気持ちをプロデューサーとしては戒めてます(笑)。
後編に続く

取材・構成/てれびのスキマ(戸部田誠)
『1989年のテレビっ子』(双葉社)刊行中
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