
流行完全無視の食戟のソーマ
料理を作る時間を楽しんだり、何を食べるか迷う時間を楽しんだり、ありきたりの食べ物をどう美味しく食べるかを熟考したり、昨今のグルメ漫画ブームのほとんどが日常を描くユルめの作品になっている。
「その気持ちわかる〜」とか、「そういう食べ方するの自分だけじゃなかったんだ〜」とか、あるある要素が好まれている理由だ。カタルシスというより共感を求める人達がターゲットだ。
食戟のソーマはそんなブームとは逆行しているアニメだ。舞台になっている遠月学園では何かにつけて本気の料理勝負「食戟」が行われる。負けたら高校を退学になったり、大事にしていた料理機材を奪われたり、そのうち命の取り合いでも始まるのではないかと思わせる程のガチ具合だ。題材は料理だが、ある種スポ根のようなニュアンスが含まれている。将太の寿司、喧嘩ラーメン、鉄鍋のジャンなどと同じく、ガチ系のグルメ作品だろう。
一番のスパイスは卑怯者なのだ
そのガチ系グルメ作品の面白さの一つは、なんといっても卑怯者がとことん卑怯なところだ。
例えば将太の寿司の紺屋碧悟。こいつは将太との光り物勝負で、市場の光り物を全て買い占めた。その上、嵐の中命懸けで釣ってきた鯖を腐らせようと冷蔵庫の電源まで切ってしまう。二度目の対戦では、将太の手を車のドアに挟んで負傷させた。もちろん、お題であるサンマを買い占めるのはデフォルト。
鉄鍋のジャンは、主人公であるジャンが卑怯者だ。審査員に満腹感を促すスープを飲ませたり、マジックマッシュルームと同じ幻覚症状の出るキノコの配合をしたり、挙句の果てにはスプリンクラーを作動させて相手の料理を水浸しにしたりしている。この漫画はジャン以外にも卑怯者がわんさか出てくる。
このようにガチ系のグルメ漫画には卑怯者が必ずと言って良いほど登場してくる。他のバトル物やスポーツ物に比べて、敵を悪く描く為には卑怯な事をさせるしか表現方法が少ないからなのかもしれない。だが、このめちゃくちゃな事をする奴らを一発のアイデアで逆転するところにこそ、ガチ系グルメ作品のカタルシスがあるのだ。
美作は過去の名悪役に並べるのか?
では、食戟のソーマの場合どうだろう?第1シリーズには、創真の家に忍び込んで肉を冷蔵庫から引きずり出して踏みつけた地上げ屋や、人の鍋に塩を大量に投入した二人組みなどの卑怯者が登場しているが、どちらも名前もわからないモブキャラだった。
そして今回の第5話で創真と対戦する美作昴は、初めて卑怯な事をするライバルだ。美作の得意技は、コピー料理。徹底的に相手をストーキングして作る料理を予測し、その料理にアレンジを加えて一歩先を行く。
今回の創真にも同じことをしたのだろう。創真がビーフシチューの味を強くする為に用意した切り札テール肉をいとも簡単にコピーして見せた。
「お前がこの一週間で何を買ったか、誰と会ったか、どんなことを試したか、俺はぜぇーんぶ知っている」
卑怯だ。とんでもない卑怯者だ。しかし、ちょっと甘い。まだ悪に徹底しきれていない感がある。なぜならば全ては美味いものを作る為の努力に過ぎないからだ。料理アニメの悪役はそんなことより、相手の料理の質を落とす事を考えないといけない。
紺屋碧悟だったらテール肉に砂糖をぶちまけていただろう。あるいはデミグラスソースに石油を混入していたかもしれない。ジャンだったら何をするのだろうか?激辛スパイスで審査員の胃を焼いてしまうのか?それともヤバイハーブでも吸わせるのか?とにかく、相手に迷惑をかける事を優先していたはずだ。
美作は悪者だが、要所要所で可愛く描かれている。原作ではこの先に活躍の場面も与えられている。きっと作者の附田祐斗先生はこの美作がお気に入りなんだと思う。完全に嫌われるようには仕向けたくなかったのだ。
食戟のソーマに完全なる悪者が登場した時、主人公創真の魅力がもっと引き立たされるだろう。
(沢野奈津夫)