夏休みをテーマとする映画は数多く存在する。その中でも名作にあげられるのが岩井俊二による『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』であろう。


とある地方都市で行われる花火大会をテーマに、小学生たちの淡い恋や、成長といった要素が“夏休みの1日”に盛り込まれた名作映画だ。
この作品は1995年に劇場公開されたが、それに先がけて1993年にフジテレビのオムニバステレビドラマ『ifもしも』の中で放送されている。この作品がオンエアされるにあたってはいくつかの偶然が作用することになった。

オンエアが一週間前倒しになったドラマ


当初、ドラマの放送予定日は9月2日であり、8月26日には「誘拐するなら男の子か女の子か」の放送が行われるはずだった。
だが、8月10日に山梨県の信用金庫で誘拐殺人事件が発生したことにより、誘拐をテーマとするドラマは放送中止となり、『打ち上げ花火〜』のオンエアが一週間前倒しとなる。これにより、作品の世界に同じく、夏休みの終わりに放送がなされることになった。

さらに、放送当日は関東地方に台風11号が接近していた。そのため帰宅を急ぎ、家にいた人間が多かったことから視聴率が上昇し、14%を記録した。これは当時のテレビ業界の感覚でいえば及第点といったところである。
裏番組は、巨人戦のナイター中継(日テレ)、島田紳助、徳光和夫の豪華タッグによるクイズ番組『ダウトをさがせ』(TBS)など強力な布陣だったにもかかわらず、この数字。当時はまだ無名だった新人監督の作品としては驚異的な数字といえよう。

子役の器用さが際立つ『打ち上げ花火〜』


なおネット上の一部には、裏番組の巨人戦が台風で中止となり『打ち上げ花火〜』の視聴率が上昇した、という情報が見られるがこれは間違いである。この日、東京ドームの巨人阪神戦は行われ、日本テレビで中継されてた。横浜スタジアムで行われた横浜中日戦は中止となり、試合はTVK(テレビ神奈川)と千葉テレビで中継予定であったので、このあたりから尾ひれがついた話なのかもしれない。


今あらためて『打ち上げ花火〜』を眺めると出演者の子役たちの器用さが際立つ。
『あっぱれさんま大先生』でおなじみの山崎裕太や、『人間・失格』や『3年B組金八先生』(第4シリーズ)といった90年代のドラマにコンスタントに出演していた反田孝幸などが、小生意気な小学生役を見事に演じている。2人が密かに恋心を抱く相手、なずな役を演じるのは14歳の奥菜恵だ。同年代の男子よりも心も体も少し大人な小学校高学年の女子を演じている。

作品を貫く圧倒的な映像美


何より圧倒的なのは作品を貫く映像美である。撮影はビデオで行われつつも、ざらつきがありフィルムのような質感がある。これは岩井がミュージックビデオを手掛ける中で習得した技術だという。
このキャリアからもわかる通り、岩井は特定の映画監督に弟子入りし修行する、従来の映画製作のセオリーを経験していない。大学在学中に8ミリフィルムによる自主製作映画を手がけ、卒業後はミュージックビデオやCMなどの映像制作を行っていた。

異色の経歴を持つ新人監督の作品は、この年の日本映画監督協会(理事長は大島渚)の新人賞を獲得する。テレビドラマ作品としては初の受賞となった。当時の岩井の年齢は31歳である。

その後の岩井俊二


その後、岩井俊二は1994年に『undo』で劇場用映画デビューを果たすと、95年3月に『Love Letter』を公開し大ヒット作を記録する。
同年8月にはドラマを再編集した『打ち上げ花火〜』も公開している。さらに96年9月には早くも『スワロウテイル』が公開される。『打ち上げ花火〜』の放送から『スワロウテイル』公開まではわずか3年しかないことに驚く。岩井俊二がその才能を一気に開花させた瞬間であろう。

作品の舞台となった千葉県飯岡町は、のちに合併し旭市の一部となった。2011年3月に発生した東日本大震災では津波の被害を受ける。
この年の夏、岩井はロケ地の復興を願い、8月の1ヶ月間限定で自身のサイトで『打ち上げ花火〜』の無料公開を行った。さらに今年の6月にも地元では岩井監督のビデオメッセージともに作品の上映会が行われている。

作品が作られてから20年以上の歳月が経ってもなお『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は90年代の夏の名作映画として人々の記憶に強く焼き付いている。

※イメージ画像はamazonより打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? [DVD]
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