9月4日放送 第35回「犬伏」 演出:木村隆文

メインディレクター木村隆文の名まえをオープニングで観るとワクワク。絶対、盛り上がると信頼しております。
「裏切るのではない表がえるのだ」(昌幸/草刈正雄)
いきなり飛び出る名台詞!
上杉景勝(遠藤憲一)が家康(内野聖陽)打倒に立ち上がったすきをついて、三成(山本耕史)が兵を挙げる流れを前にして、昌幸は真田家の女たちを集めて上田に逃げるよう告げる。
移動にあたって春(松岡茉優)ときり(長澤まさみ)が張り合う。役の年齢差はけっこうあるはずなのに、同世代みたい。きりはいろんなことを超越した最強トリックスターだからなあ。
信繁(堺雅人)は大坂城へ挨拶に。
三成の贈り物の桃を片桐且元(小林隆)が育てている。片桐と信繁の会話、信繁と寧(鈴木京香)との会話のなかで、「あ、いた」と片桐が毛虫をとるカットがわざわざ挿入されるのが不思議な感じ。これについてはあとで勝手な解釈を書いてみたいと思う。
会津城では戦いを前に、上杉が「(家康勢が)多いな、勝てるか」と心配中。でも「いやがる者は逃がしてやれ」(上杉)とは、やっぱり御屋形様は良い御方。
江戸城では、秀忠(星野源)が、家康から「天下一の知恵袋じゃ」と本多正信(近藤正臣)をつけられ、不満気。それを「できます、大丈夫です、できます」と励ますのは、茶々(竹内結子)の妹で、秀忠の嫁になった江(新妻聖子)。
新妻聖子はミュージカルで活躍、三谷幸喜の舞台「国民の映画」では、ナチスのプロパガンダ映画を撮ったレニ・リーフェンシュタールという難役をやっていた。
刑部、三成、愛の口立てとあすなろ抱き
35回は、「犬伏の別れ」の感動が主だとわかっているにもかかわらず、ふざけた小見出しですみません。
でも、後半に「犬伏」用意しておきながら、中盤、刑部、三成まで濃密に描く三谷幸喜は欲深い(褒めています)。
信幸(大泉洋)にしろ、景勝にしろ、刑部にしろ、ちょっとおとなしくしていた人達が情をほとばしらせる回だった。このひとたちによって関ヶ原の戦いが支えられている。
三成は、美濃、垂井まで兵を進めた大谷刑部(片岡愛之助)を訊ね、戦ってほしいと頼む。
「今日はもう遅い、泊まっていかれよ」」と言う刑部に勝手にどきどき。
泊まった三成は、刑部に手厳しく言われ、涙目に。
「共に死ぬなどまっぴらごめん」「兵をあげるからには必ず勝つ その気がなくてどうする」と言いながら、具合が悪いにもかかわらず、作戦を立てる。
その作戦を涙目になりながら聞く三成。戦いのための作戦聞きながら泣いてる人物を観たのははじめてかもしれない。
「泣いてる暇はござらん。わたしがおぬしを勝たせてみせる」どこまでも頼もしい刑部。
歴史を知る視聴者には彼らは皆悲劇に向かっているが、いざ戦にも向かおうとする人達は、悲壮さよりも明るさと前向きに溢れている。
その後、刑部が大坂に入ると、病でカラダの弱った彼は、朝までかかって大事な書状を三成に口立てで代筆させる。
明け方、心地よい疲れを感じているふたり、
刑部「この戦、勝った」
うなづく三成。
ばたりと倒れる刑部。
刑部を背後から抱き上げる三成。「とと姉ちゃん」でも話題になったあすなろ抱き(背後から抱きしめる)の応用編のようで妙にじっとり描かれ、初期にあった信長と光秀の場面のようなあやしい雰囲気だった。サービス?

感動の犬伏の別れ
そして、いよいよ犬伏の親子会議。
昌幸は、徳川にも上杉にもつかないと言う。このまま戦が続くと乱世になって、みんが疲れた頃に甲斐と信濃を手に入れる作戦を語るが、信繁は「どちらにもつかぬことはどちらも敵にまわすということ」と反対し、
「夢物語はもう終わりにしてください父上」」と大きな声を出す。最近、信繁、声をあげることが多くなってきた。いろいろ溜まっているのかしらん。
では、徳川か豊臣、どちらかにかけて生き残るしかない、ということで、2話にも出て来たこよりが登場。
今度は信幸は「こういうことはもうよしましょう」と止める。
「わたしは決めました。
わたしは決めました父上。
わたしは決めた!」
「おれが徳川に残る。それが最善の道だ」
「いずれが勝っても真田は残る」
「われらはけして敵味方に別れるのではない。
豊臣が勝ったときはおまえはあらゆる手をつかってわたしを助けよ。
もし徳川が勝ったならおれはどんな手をつかってもおまえと父上を助けてみせる」
「これは我ら親子三人が、いつの日かまたひざをつきあわせて語り合う日のための策じゃ」
「たとえ徳川と豊臣に別れても常に真田はひとつでございます」
これまでずっと、圧倒的なカリスマ性ある父と、才気簡抜な弟にはさまれて、真面目さだけが取り柄で損もしてきた信幸。大泉洋の朴訥とした雰囲気のなかに密かに機能している知性が、この場面で存分に生きた。
「決めた」を3回連続言うのは、ここで頑張らないととまるで自分に言い聞かせているようだった。
そんな長男を、お父さんも「良き策じゃ」と褒める。




真田家が敵味方に別れる苦渋の選択になるかと思っていたら、別れも作戦だった。ここもまた悲しみよりも前向きさが勝る。
この有名なエピソードはこれだけでも充分保つにもかかわらず、三谷はいろいろ盛ってくる。
まったくの誤読かもしれないが、前述した桃の木。
三成が茶々(竹内結子)に贈った桃を、片桐且元(小林隆)が育てている。
片桐は木が育つのが何ヶ月後みたいなことを言って、それは早過ぎるなんてことを信繁が返す。そのあと、片桐が毛虫を見つけて取り除くアクションがわざわざ入ってくる。
信繁と寧(鈴木京香)の会話に進めるとき、片桐が不要になるのが味気ないと思っただけかもしれないが、
これが、犬伏での信繁の考えに作用しているような気もしないでない。時代が変わり戦のありようも変わってきたなかで、へたしたら、自分たちが毛虫になってしまう危険性もあると思ったのではないか。
木を豊かに育てたいという気持ちと、真田家を守りたいという気持ちが重なって見えたのだ。
それからもうひとつ。親子会議の様子を河原綱家がのぞこうとして下駄を投げられ歯が抜けてしまう、長年語り継がれてきたエピソード。
下駄を投げられたせいで会議の本当の様子は親子3人しかわからない。
もの凄いどろどろの別れ話だったかもしれないし、「真田丸」のような爽やかな話だったかもしれない。
それがその後の「背水の陣」の話にもつながってくる。「史記」に載っている韓信の方法論が昌幸に似ていると信幸が言うのを、昌幸はちょっと嬉しく思いながらも「韓信はばかだな」とちょっと上目線。
「そんなことまで書物に書かれてはもう誰も背水の陣なんてできんわ」
昌幸がそう言って、三人はあはははとじつに愉快そうに笑う。
その姿をゆっくりカメラが引いていき・・・余韻のある終わり方。これが三人そろう最後なのだ(撮影も、三人揃うのが最後だったそう)。
激しい涙の別れよりもずっと染みる。たぶん、あとになってかなり染みる。溜まらない。
昌幸の上目線とユーモアを表しながら、「韓信」「安心」などのダジャレも出て来て、親子が最後に水入らずで過ごしたいい思い出を描き、かつ、本当に大事な作戦は墓場までもっていくという昌幸の精神がしっかり刻まれる。
真田親子のこれからは、3人以外、真実を知らない。
3人はすべてを墓場の中にもっていくのだ、と笑いのなかに固い固い覚悟を見た思いがする。
(木俣冬)