片岡愛之助と結婚をし、梨園の妻となった藤原紀香。友近のモノマネの影響か、一般的にはちょっとイタイ女のイメージが定着しているが、彼女は90年代後半から2000年にかけて物凄い人気を誇っていた
男性受けしそうなルックスだが、実は女性人気が高かったのだ。彼女はCMをきっかけに知名度が上昇。ドラマ出演も多数、女性誌の表紙も数々飾り、自署「藤原主義」も大ヒットした。

全国の女性が真似した紀香ヘア


藤原紀香は背も高くプロポーションもよく、常に堂々とした佇まいで、そんな姿に憧れる女性は多かったわけだが、当然、フツーの女性はあのプロポーションにはなかなか届かない。そこで女性たちがこぞってマネをしたのが紀香の髪型だった。

紀香がスターになるきっかけを作った美容師


彼女のヘアスタイルは、人気美容室「ヘアーディメンション」にいた宮村浩気氏が手掛けていた。宮村氏は藤原紀香が売れていなかった頃から、彼女のヘアを担当。首が短い、顔が丸いという彼女のコンプレックスを隠して美しく見せる紀香ヘアを作り上げた。
宮村氏は彼女と「紀香ヘアと紀香メイクで日本中をいっぱいにしよう」と語り合っていたと、ほぼ日刊イトイ新聞のインタビューで語っている。そしてその夢は現実になった。

聖子ヘアと紀香ヘア、同じ美容室から生まれた?


「ヘアーディメンション」という美容室の名前を聞いて、昭和世代のアイドルファンはピンときたかもしれない。ヘアーディメンションは青山と四ツ谷にあるのだが、最初にできたのは四ツ谷店。そしてここは松田聖子の「聖子ちゃんヘア」発祥の地でもあるのだ。
そうヘアーディメンションという美容室は、昭和で聖子ヘア、平成で紀香ヘアというヘアスタイルの2大ブームを巻き起こした美容室でもあったわけだ。

カリスマ美容師ブームと紀香


宮村氏は、現在は独立して「アフロート」と言う美容室のCEO。
都内数店舗と名古屋にも出店している。宮村氏がヘアーディメンションにいたとき、カリスマ美容師ブームもあり、青山、原宿は美容室戦争だった。紀香ヘアの爆発的なブームも、そんな時代の流れに乗ったとも言えるだろう。(そのブームも人気美容師が無免許だったことから終焉へ向かったが……。)
紀香ヘアで成功への階段を一気に駆け上がったという印象の宮村氏だが、ヘアブームというのは1回作れば安泰なのかと言えば、もちろんそうではない。歌手の一発ヒットとは違うのだ。宮村氏の場合は技術やセンスとともに、ご本人に経営者としても才もあったのだろう。
(れおなるど)

※イメージ画像はamazonよりNORIKA―藤原紀香写真集
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