『プリズン・ブック・クラブ』は、カナダの刑務所で実際に行われている「読書会」のことについて書かれた本だ。
殺人、薬物、銀行強盗の囚人たちの生き甲斐が読書会だった。カナダ刑務所事情
『プリズン・ブック・クラブ』アン・ウォームズリー著、向井和美訳/紀伊国屋書店

殺人、銀行強盗、薬物の売買、さまざまな罪で服役している囚人たちが、読んだ本についてみんなで話し合う。
司会や運営をおこなうボランティアとして参加した著者が、その経験を詳細に書いたノンフィクション。素晴らしい本だった。

そして、あまり他の本では感じないことが多く、珍しい読書体験ができた。出会って損はさせない本だ。それでこの文章も、書くのにずいぶんかかってしまった。まずは概要から、簡単に説明しよう。

どこかの大学の何かの研究で、「文学作品を味わうことは、共感する力や社会性が高まる助けになる」というような結果があるようだ。本書はそのことについて触れ、刑務所で読書会をやることの意義について書いている。登場人物の視点に没頭したり、舞台を想像したり、今とは違う時代のことを考えたりして名著・傑作を読む機会が多くなれば、そういうこともあるのだろう。

熱心に刑務所での読書会を運営し、寄付を集めたり選書をおこなっている友達にさそわれて、著者は2011年、読書会ボランティアを始める。読書会は月に1度で、それまでに各自は決められた本を読んでおく。ボランティアは全員が平等に発言し、互いがケンカにならないように、そして会の質が高くなるように進行させる。
刑務所は、外部から本が入るときに何かがページの間に隠されないか、ボランティアと囚人の間で余計なやりとりや事件が発生しないかなど、全方面の注意をする。

読書会でもらえるクッキーを目当てに「読まずに参加」する輩がいたり、何かあって突然刑務所からいなくなる者もいる。大声が聞こえてきたり、荷物チェックがあったり、「刑務所で読書会をおこなう」ということの緊張感や難しさが、色んな風景やできごとの描写から伝わって来る。それでも著者たちは続ける。

次は、本について。刑務所読書会、どんな本が読まれるのか。古典?最新ベストセラー?そして囚人たちの読解力は?答えは「色々」だ。その時のメンバーが興味を持って取り組めるであろうものを、様子を見ながら進めていく。

たとえば「登山家が慈善団体を率いてパキスタンとアフガニスタンに女子校を建設する」という自伝を読んでも、「感心した」「こいつはドジばっかりだ」と、意見はそれぞれだったりする。「回顧録に脚色はつきものだ。人間の記憶も変化するものだから、多めに見てやる必要もある」なんて擁護も出る。文学作品に関しては、「ここの動機が不自然だ」「この描写がラストシーンとつながっててすごい」みたいな読み込みもあれば、同じ作者の他作品も読んで比較したり、真剣さや洞察力に満ちた様子が描かれる。


本書の15以上の章は、1冊か、2〜3冊の本を扱った、それぞれの読書会の回ごとにまとめられている。『かくも長き旅』『天才! 成功する人々の法則』さまざまなジャンルの本が試される。発砲事件のフランク、銀行強盗のガストン、薬物売買のグレアムなど、ある意味個性的すぎるバックグラウンドを持った主要な常連メンバーが、ときどき調子が悪かったり、お互いすこし険悪にもなりながら、それぞれの感想を披露しあう。

「今回の本を彼はどう読むのか?」が楽しみで、「じゃあ自分はその本を読んでどう思うだろう?」と、読んでみたくて仕方なくなる。著者と一緒に、彼らと長い付き合いをしているような気になってくるのだ。気が付けば、読みながら記録していた「これは読もう!」メモがいっぱいになっている。

そのほか『レ・ミゼラブル』、『イリアス』、『老人と海』、『一九八四年』なんてものまで、登場する本は100冊以上。巻末にはブックリストもついていて、読書会をやりたくて仕方なくなった。

そして最後に、特に本書で盛り上がりというか「すごみ」を感じたのは、「彼ら自信が当事者性を自覚するような本」が指定された回だ。

ジャマイカやイタリア出身者をはじめ、さまざまな人種が混在する刑務所内読書会が、『ニグロたちの名簿』(未邦訳)を読む。戦時中、ナチスの強制収容から人々を守るために、空になった動物園の檻などを園長が使った実話『ユダヤ人を救った動物園』では、「殺すため檻」と「生かすための檻」が書かれ、参加者たちは公共空間や善悪について考える。ずばり『6人の容疑者』なんて本など、殺人などの犯罪について書かれたものについても、とても緊張感がある。


一番記憶に残ったのは『ガーンジー島の読書会』という本だ。第二次世界大戦中にドイツに占領された、イギリス海峡のガーンジー島が舞台。島民は食料・物資不足に悩まされながら、子どもたち数千人を疎開させる。やがて占領され、島民は徹底管理され、夜間外出禁止令が出された。それを破っていたところをドイツ兵に見つかった島民は、とっさにウソでごまかす。「じゃがいもの皮のパイと文学を愛する会」に出席していただけで、怪しいことはしていない、と。そしてウソを怪しまれないために、一部の島民たちが本当に読書会を開き始める。ほとんど本を読んだことのない農民や漁師もいたという。だけどそれがどんどん発展して、読書が人々の救いになっていく、という話だ。

刑務所読書会の、特に常連メンバーは、自分たちがいかに本に救われているかを理解している。本を読む時や読書会で発言したり人の言葉に耳を傾けている間は、彼らは読書会員でいることができる。その時だけは囚人であることを、少しは意識せずに済むかもしれない。
『ガーンジー島の読書会』は、まさに彼らがやっていることを考えずにはいられない本だ。僕は「占領下読書会についての本を、刑務所読書会で読んでいる、その光景についての本を読む」。僕にとって「人間と読書」についてこんなに考えることができる本は、今までなかった。

『プリズン・ブック・クラブ』はアン・ウォームズリー著、向井和美訳、紀伊国屋書店より発売。読書の秋でもあるし、全ての人におすすめ。(香山哲)
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