1997年3月27日『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)の最終回が放送され、単発のスペシャルから数えて、およそ12年に渡る放送が終了した。ラストは解体される河田町の旧フジテレビ社屋の映像をバックに、歴代総スタッフのクレジットが流れる大団円となった。


3ヶ月で終了したとんねるずの番組


翌月、満を持して新番組『とんねるずの本汁でしょう!!』がスタートする。これまでのコントを主流をする番組から脱し、とんねるずが新境地へ挑んだ番組であった。
だが、この番組はわずか3ヶ月で終了してしまう。(代わって始まったのが現在まで続く『とんねるずのみなさんのおかげでした』)。『とんねるずの本汁でしょう!!』とは何だったのか。改めてふりかえってみたい。

番組で行われた3つのコーナー


この番組は3つのコーナーで構成された。メインはフジテレビが移転した直後のお台場に、新たに競馬場を作って行われた「ダービーキッズ」。この企画ではとんねるずの他、乗馬経験のある芸能人、さらにはプロの競馬選手が毎週、競馬の腕を競った。

さらに、売れっ子CMディレクターであった中島信也が手がけるミニドラマ「なにわ広告しぐれ」、遊園地の乗り物を使った対戦ゲーム「アジアンタイフーン」が放送されていた。

『とんねるずの本汁でしょう!!』が短命だった理由


とんねるずの笑いの主な要素は身内ネタである。2人の出身高校である帝京高校ネタのほか、スタッフを巻き込んだコントや、既存のバラエティやドラマのパロディ企画などだ。『とんねるずのみなさんのおかげです』 時代に放送された「仮面ノリダー」などは現在でもよく知られているだろう。
そうした"身内モード"から脱却すべく、新境地を模索したのが『とんねるずの本汁でしょう!!』であったのかもしれない。


しかし『とんねるずの本汁でしょう!!』は不評に終わった。この番組がウケなかった理由は、メインコーナーである「ダービーキッズ」に尽きるだろう。競馬に興味がある人は楽しめるだろうが、毎週同じような展開のレースを見させられても楽しくない。さらに、レースはあくまでガチンコであり、笑いが入る余地がない。ミニドラマ「なにわ広告しぐれ」も、コント調の笑いを排したものだった。
バラエティ番組でありながら、どこで笑うべきか視聴者を戸惑わせてしまった点が、『とんねるずの本汁でしょう!!』のウイークポイントであったといえるだろう。

※イメージ画像はamazonよりとんねるずのみなさんのおかげでした 博士と助手 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 Season2 Vol.1 「デオデオデオデオ」 [DVD]
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