「オイディプス・コンプレックス」という言葉を、ご存知でしょうか? 精神分析学の祖・フロイトにより、「父殺し」が主題のギリシャ神話『オイディプス王』からとって名づけられたこの概念。
子が母の愛を希求するあまり、父に対して強い対抗心を抱くという心理的抑圧を示しており、創作作品の中でも、度々テーマとして用いられています。


息子は父という壁を乗り越えて、一人前へと成長する……。これは現実世界でも見受けられます。
三國連太郎・佐藤浩市親子もその一例。「オイディプスの悲劇」を地で生きた2人は、その愛とも憎ともつかない感情を、何度かメディアの前で披露してきました。

三國連太郎、3人目の妻の子として生まれた佐藤浩市


女性関係が奔放で、生涯に4度の結婚をした三國連太郎。その3人目の妻との間に生まれたのが、息子・浩市でした。浩市が小学6年生のときに、三國は出奔。
以来、2人にはわだかまりが生まれます。

俳優になんてならないー。そう浩市は心に決めていたものの、やはり名優の息子。定められし宿命からは逃れられなかったようで、父のマネージャーから紹介されたNHKのドラマ『続・続 事件 月の景色』のオーディションを、何の気なしに受けた結果、見事合格。それだけでなく、いきなり主演に抜擢されます。浩市、19歳の時でした。


あまり接点のなかった三國連太郎と佐藤浩市


父と同じ道へ進んだ浩市でしたが、息子の決断に対する三國の反応は、実に冷淡なものだったといいます。

「僕と彼の間に介在したのは、役者という言葉だけ」

後に浩市はこう語っています。この素っ気ないコメント一つとっても、かつてこの俳優親子が、いかに淡白な関係であったか、うかがい知れるというもの。

そんな2人が初共演を果たしたのは、1986年の映画『人間の約束』において。しかし、この作品における三國と浩市の接点はほぼゼロ。本格的な父子共演は、それから10年後の映画『美味しんぼ』まで待たねばなりません。

佐藤浩市=山岡士郎、三國連太郎=海原雄山


映画『美味しんぼ』で、佐藤浩市が演じたのは主人公・山岡士郎。対する、三國連太郎が演じたのは、その父・海原雄山。

言うまでもなく同作は、食をテーマにした「飯テロ系漫画」の元祖であり、かつ、愛する母を苦しめた傲岸不遜な父・雄山に挑む息子・士郎という構図で進む、親子対立を描いた長編ドラマです。

それを、不仲が噂されていた三國と浩市が演じることにより、大きな話題を集めました。

制作発表会の席で「親子対決」が勃発


そんな2人は、制作発表会の際に火花を散らします。会見中は、互いを「佐藤くん」「三國さん」と呼び合うなど、終始、他人行儀。
さらに、浩市の「俳優はサービス業」という発言を受けて、三國が「サービス業などという考え方は間違っている」と非難したものだから、会場は不穏な空気に。栗田さん役の羽田美智子が、引きつった表情のまま無理やり笑みをつくっていたのが、なんとも痛々しくて印象的でした。


『美味しんぼ』から17年後。三國は90歳であの世へと旅立ちました。三國の死後、雑誌のインタビューで浩市はこんなことを言っています。

「誰にとっても父親というのは越えなければならない山だけど、自分の場合はひときわ大きな山で、そのことで苦労した。とはいえ、彼の映画には知らず知らずのうちに影響を受けています」

苛烈な対抗意識も、実は、複雑な畏敬・愛憎の裏返しだったのでしょう。亡き父・三國との確執を超え、全てを受け入れた今、佐藤浩市は、一際かっこいい大人の男に見えます。

(こじへい)

※イメージ画像はamazonより映画パンフレット 「美味しんぼ」 監督 森崎東 出演 佐藤浩市/三國連太郎/羽田美智子/竜雷太/遠山景織子/芦田伸介/清川虹子/柴俊夫/財津一郎/樹木希林/田中邦衛