今年4月の下旬、国の指定文化財である「浜離宮恩賜庭園」で、敷石や橋などにオリーブオイルがたらされた事件が起きた。伝統的な庭園にオリーブオイル、というのはミスマッチだが、それ以上に「どうやって落とすの?落ちるの?」と心配になるものだ。
そもそも、染みになると落ちにくいものと、落ちやすいものとの違いはどこにあるのだろうか。それを知るべく、染み抜きのプロに、オリーブオイルや醤油、インクなどの身近なもののうち、最も取れにくい染みは何なのかを聞いてみた。
染みの取れにくさは「何につくか」が問題
早速、染み抜きのプロであり、カリスマ修復師とも呼ばれる福永真一さんに尋ねたところ、それは愚問だったようだ。
「染みは、何がつくかというより、何についたかが問題です。それが綿なのか、シルクなのか、ポリエステルなのかによって、取れにくさが変わってくるからです。例えば綿やシルク、ウールには染み込んでしまっても、ポリエステルなどの化学繊維であれば、繊維の中に浸透しにくいので落としやすいことがあります」
プロが行う仕事は、ただ染みを抜くということではなく、いかに、ついてしまった「モノ」を損ねないように修復するかどうかにある。日々格闘する者だからこそ知り得る、染み抜きの神髄なるものが垣間見られた気がした。そして同時に、今から挙げてもらう「取れにくい染みランキング」にも期待が高まる。
カリスマ修復師にとっての染みが取れにくいランキング
そこで福永さんに、身近にある醤油やソース、ジュース、油、インク、カレー、コーヒー、口紅、墨汁、血液などのうち、どれが最も取れにくいのかのランキングをつけてほしいとお願いした。すると、ランキングは上位3位しかないとのことだった。この3種類以外は、とくに取れにくさは変わらないというのだ。
第1位 墨汁
第2位 大量のインク
第3位 時間が経って凝固した血液
●墨汁
「墨汁はインクと性質がまったく違います。墨汁は水に溶けない不溶性という性質を持つ細かい粒子の集まりなので、繊維に入り込んでしまうと抜き取りにくくなります。
インクなら、下地が白の場合、漂白して色を抜くことができますが、墨汁は漂白しても取れません。墨汁用の粘度のある染み抜き剤を独自でつくっており、それを使って落とします。ただ、無理はしません。取れないのが分かってるから。やりすぎると繊維を傷めてしまうので」
●大量のインク
「インクは水に溶ける水溶性と油性がありますが、油性より水溶性のほうが落としにくいです。ボールペンなら、油性ボールペンよりも、ゲルインクのボールペンのほうが落ちにくいです。とくに大量に水溶性のインクがこぼれてついてしまった場合は、生地が染まってしまうので落としにくくなります。
油が落ちにくいイメージがあるかもしれませんが、実は落としやすいのです。油性インクは油分の膜で覆われている感じで付着します。油分は性質上、揮発していくため、インクだけが残りますが、油であれば逆に油分系の染み抜き用剤を使うことで溶かしやすいともいえるのです。
水溶性のゲルインクなどは、製造時にアルコールなどで溶かしているので、繊維に浸透しやすく染み込みやすく、内部で染まってしまいやすい傾向があります。
落ちにくい場合、独自で作った、インク系のものを落とす専用のものを使って落とします。下地が白であれば色を抜きます。柄物であれば、あとから染色することもありますが、やはり状態としてはきびしくなってしまいます」
●時間が経って凝固した血液
「時間が経過し、タンパク質が凝固して硬くなった血液は非常に落ちにくいです。革についてしまったらアウトです。革は血液によって素材が変化してしまうからです。動物の皮膚なので、影響を受けやすいのだと思います。
血液は、タンパク質を分解する酵素を使って落とします。しかし、固まってしまったものは落ちにくいですね。魚屋さんの腰に巻くエプロンみたいなのは、落ちにくい部類に入るかと思います」
(石原亜香利)
取材協力
福永真一さん
株式会社染匠技術部会 代表取締役。修復師。
1994年、東京にある高級インポート専門のメンテナンスを行う会社に入社し、シャネル、エルメス、コーチ、ヴィトン、グッチなどの高級インポート商品のメンテナンスの基礎を習得。
http://karisuma929.blog.jp/