主演は永山絢斗と大森南朋。このドラマの最大の特徴は、実際に「ふじ」の常連だった大森南朋ら俳優陣が実名で登場するところ。ナレーターを務める木梨憲武も長年にわたる常連だ。

めちゃくちゃ気さくな大森南朋が飲んでいる店
売れない役者の西尾(永山絢斗)は、気になる女性(飯豊まりえ)がインスタにアップしていた中目黒のはずれにある居酒屋「ふじ」を訪れる。居心地の良さそうな小さな店内には、天井までびっしり有名人のサイン。そして、その中で飲んでいたのは……大森南朋(大森南朋)!
すんごい気さくな大森南朋は、仲間(諏訪太朗、平田敦子)と一緒に西尾を交えて飲み始める。死体役ばかりの西尾が翌日、戦隊もののオーディションを控えていると知ると、水木一郎アニキばりの赤いマフラーを貸して励ましたりもする。大森南朋、いい人!
結局、オーディションに落ちた西尾は「ふじ」で俳優を辞めると宣言するが、大森南朋たちはしみじみと亡くなった店主の「おやじ」の思い出話を始める。「おやじ」はろくでもない人間だったが、妻の光子(立石涼子)の夢だった小料理屋を作るために頑張った(実際は借金だが)。だから死ぬほど頑張ってみろ、と励ます大森南朋。
しかし、「今は時代が違う」と反論する西尾。「頑張ったって報われない時代なんです」。黙ってしまう一同だが、かつて若かった大森南朋と「おやじ」が同じようにケンカしていたことを思い出す。
「そうそうそう、俺が役者辞めるって言ったら、『南朋ちゃん逃げんのか、おとうさん、若いときからケンカでも一度も逃げたことないぞ』とか言われてさ」
若き大森南朋も「時代が違う」と反論したが、「おやじ」はこう言ったという。
「『時代を言い訳にすんな。南朋ちゃんは死ぬほど頑張ったのか』って」
親父さんの言葉に打たれた大森南朋は、役者を辞めるのを辞めた。立ち尽くしている西尾に、店のおかあさん(光子)から名物の「ふじ豆腐(温かい豆腐の上に明太子を載せたもの)」が、そして大森南朋から「西尾くんの席」が与えられる。田舎から出てきてダメな人生を送っていた若者が、都会で初めて見つけた自分の席だった。並んで「ふじ豆腐」を食べる西尾と大森南朋……。
と、そこへやってきたのが大杉漣(大杉漣)! というところで第2話へ続く。そういえば途中で篠原涼子(篠原涼子)も一瞬登場していた。
撮影はすべてセット!
原作は栗山圭介による同題の小説。栗山が「ふじ」の常連だった頃、ユニークな「おやじ」のエピソードをまとめたところから小説に発展していった。常連の木梨にエピソードを読ませてみたら「おもしろいじゃん」と好反応だったため、小説にしてみようと思ったとのこと。栗山はこの小説がデビュー作。
原作の小説では「おやじ」が存命中だが、ドラマでは「おやじ」が亡くなった後の話ということになっている。実在の人物が本人役で登場するが、『山田孝之のカンヌ映画祭』のようなフェイクドキュメンタリーではく、れっきとしたドラマである。
大森は存命中だった「おやじ」さんとも仲が良く、劇中で「おやじ」の言葉を言うときは、ちゃんと本人のニュアンスを真似ているのだという。店は現在も営業中だが、実は店をそっくり真似たセットですべて撮影が行われている。店内にあるサイン一枚一枚をスタッフが真似て書いたというのだから凄まじい。
「おやじ」さんの昭和らしい豪快なエピソードはお笑い芸人・鉄拳のイラストで再現される。音楽は大友良英。おお、『あまちゃん』だ。監督は『ロックよ、静かに流れよ』などの長崎俊一。オープニング主題歌は斉藤和義、エンディングテーマは大森南朋のバンド「月に吠える」が担当している。どちらもいい按配である。
「ふじ」で出てくる料理はどれも美味そうで、居酒屋好きの人間ならこういう店が行きつけにあるといいなぁ、と思うこと請け合い。
原作では、鬱屈した西尾が「ふじ」に再び足を運ぼうとするきっかけは次のような母の教えにあった。
「一日一度は外に出なさい。外に出れば誰かに会える。誰かに会えば話ができる。知り合いじゃなくても挨拶はできる。それだけで外に出て良かったと思えるから」
元になっているのは栗山が10代の頃に母から言われた言葉。それ以来、「1日にひとり、知らない人としゃべる」というマイルールをなんと40年間1日欠かさず続けているのだというから驚きだ。マジですごい。
「ふじ」のような小さな飲み屋には良い酒とうまい料理と出会いがある。
(大山くまお)