『おちょやん』第20週「何でうちやあれへんの?」

第98回〈4月21日(水)放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠〉

朝ドラ『おちょやん』「さんざん面倒見てきた女と密通」した一平「絶対許せへん」
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

「絶対許さへん」

「旦那がな、さんざん面倒見てきた女と密通して、しかも子供まで作ったやなんて ちょっと考えただけでお腹煮えくり返るわ。絶対許せへん」

【前話レビュー】華丸大吉もこれは受けられない 一平(成田凌)の浮気が言葉を失う最悪の展開に

一平(成田凌)灯子(小西はな)の浮気問題は簡単に済まなかった。灯子は一平の子どもを身ごもっていたのである。


寛治(前田旺志郎)、岡福の面々、香里(松本妃代)たちが心配する中、千代は大きな決意をする。
「心機一転出直しや」

千代のモデルとされる浪花千栄子は、一平のモデルとされる渋谷天外が劇団の若手女優と浮気して子供ができたため離婚している。浪花は劇団を辞め、空白の時を経て名脇役として花を咲かせる。

ドラマでもおそらくそこまで描くつもりで、いまはその途上に過ぎない。だが、喉元すぎれば熱さ忘れるものとはいえ、なかなかしんどい展開である。気を紛らわすために書いておくと、渋谷天外は著書『わが喜劇』で結婚しているときより、離婚してからのほうがお互い仕事が順調になった(大意)と書いているほどなのだ。
早くその過ぎ去った後(のち)を見たい。

単なる浮気であったなら笑って水に流そうとしていた千代だったが、妊娠がわかっては笑えない。千代は家でぼんやりしはじめ、一平は岡福に身を寄せる。この時点で灯子が妊娠したことは他言されない。

岡福の面々はおかしいなと思いながら、一平を居候させている。やがて一平が灯子に慰謝料を払うためのお金を貸してもらう必要に迫られたとき、はじめて岡福の人たちにも事実を話すことになる。


当然、みつえ(東野絢香)は怒る。そこへ寛治が千代から離婚届を預かって来る。みつえが慌てて千代を訪ねると、千代は家をピカピカに掃除していた。キュッキュッと力を入れて畳を拭いている姿に静かに強烈な怒りを感じた。

千代がキレイだった

一平の妻として揺るぎない自信のあった千代だが、浮気相手に子どもができたとあっては弱い。すっかり元気がなくなって稽古にも出なくなる。

朝ドラ『おちょやん』「さんざん面倒見てきた女と密通」した一平「絶対許せへん」
写真提供/NHK

心配した香里がバナナを持って見舞いに来ると、座布団を枕に横たわっている。
このときの千代はいつになく美しい。暖色の照明が当たって血色よく見え、唇はぽってりとつややかで紅い。

もらったバナナをもぐもぐ食べるときの瞳は大きくうるっとしている。あまりに哀しい局面なので、せめて精一杯きれいに撮ってあげようというスタッフの愛情が感じられるようだった。

浮気を描くのは難しい

過去、一平をめぐる恋のライバルだった香里だからこそ、たとえ浮気相手が妊娠していても、別れたらいけないと応援する。

香里が灯子のところへ行くと、灯子がひとりで育てるつもりだと一平に話しているのをちょうど立ち聞き(朝ドラ名物)。それを千代に報告する。
灯子は凛としてひとりで育てると決意を語る。灯子は被害者でも加害者でもなく自分の人生を自分で折り合いつけて選び取っていく人として映る。だからこそ千代がますます憐れになってしまう。

そして、酒の勢いで劇団員に手をつけた一平の旗色が悪くなっていくばかり。でも彼もまたこういうなし崩しに生きてしまう様が似合う色気を漂わせる。言い訳しないで反省し、自分にできることをやろうとしているふうだし、慰謝料を用意しようとしているものだから、あまり責められない。


この流れを見ていると、「多様性」に配慮して従来の物語の面白さ(例えば、勧善懲悪)ではないものを描こうとする難しさを感じる。誰も悪くないことの面白さに昇華するほど作家の筆が成熟しているように見えず、扱いあぐねている印象を受けるのだ。

例えば、この状況で、一平は岡福に行くだろうか。子ども時代、世話になった岡安の人たちがいるからとはいえ、千代の実家のような場所で、ちょっと前まで彼女が岡福に身を寄せていたのである。どこか宿でも借りるのではないかと思うが、宿のセットは作れないし、こうしないと、みつえが灯子の妊娠を知って激怒することにならない。事情が透けて見えてしまう。


なんといっても、浮気・妊娠・離婚のエピソードがこのあとの千代のブレイクのため、ドラマの起伏をつけるための交通事故、入院のような仕掛けのひとつにしか見えない。例えば『ちゅらさん』(2001年度前期)だと主人公が終盤、病気になった。『半分、青い。』(2018年度前期)だと終盤、主人公の親友が東日本大震災の被害に遭った。

いまふうの言葉でいえば、あざとい。もちろん物語なのだからすべてが作りものであって、たくさんの人に見てもらうための仕掛けが必要ではある。でも「多様性」の時代、新たな価値観の物語を目指すのであれば、あざとい仕掛けも見直す必要がありはしないだろうか。視点は現代的、構成は旧態依然とちぐはぐな印象を受ける。

朝ドラ『おちょやん』「さんざん面倒見てきた女と密通」した一平「絶対許せへん」
写真提供/NHK

「元通りになりたい」と言っていたじゃないかとみつえは引き止め、千代もが「もうあのときとは違うねん」と返すところも、元どおりになれそうもないことはみつえもわかるであろう。もうちょっと気の利いたセリフをみつえに書いてあげてほしい。香里にしても、伝書鳩役なのは仕方ないとして、一平にフラれたあと、ろくでもない男にしか出会えずいまでも独り身と語る。それだけ一平はいい男なのだから、そんな男を手放してはいけないという意味だとしても、香里をこの場をもたす役割としか見ていないように感じてしまう。

灯子も、本当にひとりで育てるつもりなら、何も言わずにいなくなるだろう。未練があるから残っているように見える。明確に描かずともそう感じさせたいのかもしれないが……。女性が類型的で機微が描けていない。ただ男性たちのやせ我慢の描写は生き生きとしているし、エピソードをきれいにまとめる構成力は鮮やかなので、クライマックスは心配していない。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami