先日、上半期のタレントCM起用社数ランキングが公表されました。

女性タレント部門でトップに立ったのは、女優の広瀬すず。
契約社数は「14」で、男性タレント部門トップにあたる相葉雅紀(嵐)と錦織圭(プロデニスプレイヤー)の10社を大きく引き離し、男女総合でも堂々の第1位に輝きました。

さて、歴代のCM女王を振り返ってみると、毎年、その時々で旬な女優やアイドルが名を連ねていることが分かります。

2016年・年間1位は吉田羊(13社)、2015年は上戸彩(13社)、2014年はローラ(14社)、2013年は武井咲(17社)、2012年は板野友美と篠田麻里子(20社)……。時代の顔がズラリ勢揃い、といった趣です。

2000年春に“CM女王”になった中村玉緒


このCM女王ランキングにちょっとした異変が起こったのは、今から17年以上前となる2000年初春のこと。“春の珍事”の主役となったのは、ベテラン女優の中村玉緒。
当時既に還暦を超えており、決して「旬」でも「フレッシュ」でもないのに、今年の広瀬すず(19)と同じ14本というCM契約数を叩きだしたのです。

いうまでもなくCMの出演量は、タレント個人における人気の指標となります。
だからこそ2000年春、第3位の深田恭子(10本)、第2位の藤原紀香(13本)と、当時人気絶頂だった女優2名を差し置いてトップの座に君臨した玉緒が、いかにすごいか分かるというものでしょう。

明石家さんまに見出した! 中村玉緒のバラエティ力


中村玉緒は1960年代くらいから既に、大映映画やテレビドラマでお馴染みの女優になっていたそうです。

とはいえ、あくまで脇役としての出演が中心だったことや、夫・勝新太郎の破天荒さばかりがフューチャーされていたこともあり、90年代初頭くらいまでは単体でスポットライトを浴びるような存在ではありませんでした。

ブレイクの仕掛け人となったのは、明石家さんまでした。きっかけはさんまの冠番組『痛快!明石家電視台』に、玉緒が昼ドラ『いのちの現場から』の宣伝目的で出演したときのこと。
その特異なキャラクターに可能性を感じたさんまは、1994年4月から放送を開始した『明石家多国籍軍』に玉緒をレギュラーメンバーとして迎えたのです。


玉緒を育成するゲーム『玉緒っち』も発売


『明石家多国籍軍』はわずか半年で打ち切りとなってしまいますが、『さんまのSUPERからくりTV』にも、玉緒はレギュラーメンバーの一人として参加。
その独特なしゃべり口調と天然ボケのキャラクターで瞬く間にお茶の間のアイドルとなり、その人気ぶりから「玉緒が行く」「玉緒と行く」「玉緒の結婚相談所」など、単体のコーナーも設けられていたものです。

その後、ゴールデンの主演ドラマ『あきまへんで!』(TBS系・1998年)が放送されたり、当時ブームだった『たまごっち』の正規コラボ商品『玉緒っち』(玉緒を育成するゲーム)が発売されたりと一大ブームとなった玉緒。
そして、2000年春、先述のようにCM女王へと上り詰めたのでした。

バラエティ出演は病床の勝新太郎を励ますため?


なお、玉緒がバラエティタレント化したもう一つのきっかけは、夫・勝新太郎の病気だったといいます。

1996年7月に喉頭がんを発病した勝は、発声もままならない状態となり、病床に伏すようになります。そんな夫を励ますために、玉緒は積極的にバラエティ番組へ出演。そんな妻の姿をテレビで見ることが、勝にとって入院生活における唯一の楽しみとなっていたようです。なんとも心温まる話ではないでしょうか。

現在は「マロニーちゃん」のCMくらいでしか見かけなくなった中村玉緒。しかし今から17年前、彼女が還暦過ぎに見せた狂い咲きのようなブームは今なお、多くの人の記憶に残り続けています。
(こじへい)

※文中の画像はamazonより中村玉緒 わたしはあきらめない
編集部おすすめ