しかし、宮沢(役所)率いる足袋の老舗、こはぜ屋は依然として大ピンチのまま。
阿川佐和子、会社の売却に猛反対!
「足袋のほつれなら簡単に直せるのに、社員とのほつれはなかなか直すのは難しいなぁ」
「そんな上手いこと言ってる場合ですか! 一刻も早く修復しないと、穴は大きくなるばかりですよ!」

これは宮沢と経理の玄さん(志賀廣太郎)のやりとり。結局、玄さんも上手いこと言っているのがミソ。最終回直前にこはぜ屋を襲った最大の激震は、社長の宮沢と縫製課のリーダー、あけみさん(阿川佐和子)の衝突だった。
「俺はやっぱり陸王を続けたいんだ!」
社員の前で会社の買収話を打ち明ける宮沢。そこへ「そんな話は信用しないほうがいい」と言いながら埼玉中央銀行の大橋(馬場徹)が颯爽と現れる。名探偵みたいな登場の仕方だ。お前、こないだまでこはぜ屋に冷たかったじゃないの……。
「一旦子会社になってしまえば、泣こうが喚こうが、相手の思い通りにするしかなくなる。買収とは、そういうものです」
宮沢とこはぜ屋の社員たちにクールに説明する大橋は、この後大切なことを一気に言う。
「人は、表向きでは判断できませんよ」
「リスクのないビジネスチャンスはない」
「決めるのは宮沢社長です」
これを大橋の三ヶ条とする。視聴者にとっても、とてもわかりやすい説明だ。
「私は、今のこはぜ屋が好きなんだよ」
あけみさんは、これまでどんなときも必ず宮沢の味方だった。たぶん、宮沢が社長を継いでから何十年もそうだったはず。2人は姉と弟のようなもの、つまり家族だ。あけみさんにとって、こはぜ屋は家であり、社員たちは家族だ。会社を身売りするということは家族を誰かに売るのと同然のことだった。
「私は、会社を売ることに賛成することは、絶対にない。絶対にない」
あけみさんとともに一斉に退出する社員たち。経営的なピンチに加えて、社員の心もバラバラ。もはや、こはぜ屋の運命は風前の灯火だ。
静かに凄絶な過去を語る松岡修造
宮沢から相談を受けた飯山(寺尾聰)は、新しいボスになるFelix社長・御園の人柄を知ることが大切だと説く。
「宮沢さん、俺はあんただから、シルクレイを任せたんだ」
その言葉に従う形で、宮沢と御園は釣りに興じる。
「私は何度も挫折をしてきた人間なんですよ」
ゴゴゴというBGMとともに松岡修造……ではなく、御薗丈治のダークサイドが姿を現す。御園が語る過去。それは過去にビジネスで失敗し、愛する妻を災害で亡くすという辛いものだった。「絶望を知っていることが私の最大の強みなんです」と語る御園は、Felixという社名の由来が妻の命を奪ったハリケーンの名だと明かす。
「決して忘れられない、忘れてはいけない私の原点です。壁にぶつかったとき、Felixという名は、運命に挑戦し、勝ち抜くための何か怒りのようなものをかき立ててくれる。それが私の原動力です」
抑えに抑えた松岡修造の語り口が非常に良い。第8話のときのサイボーグ感も薄らいでいたし、静かな口調ながら、目に力が宿っていた。宮沢がついうっとりするのも無理はない。しかし、実は御園の言葉からは彼の人柄をうかがい知ることはできない。
御園の話を聞いた宮沢はググッと会社売却に傾くが、あけみさんは頑として首を縦に振ろうとはしない。あけみさんの考え方は、いわゆる一般のビジネス論や効率重視の考え方などとは対極にある。
「古いミシンだったり、先代が残してくれた言葉だったり、そういう値段がつけられないものにこそ、価値があるの。失いたくない」
御園はこはぜ屋に3億円という値段をつけた。しかし、あけみさんは値段がつけられないものにこそ価値があるという。両者の隔たりは大き過ぎる。
いきなり流れるリトグリ版「糸」!
一方、宮沢の息子・大地(山崎賢人)は愚直に陸王のアッパー素材を探し続けていた。しかし、相手の会社からは軽んじられてばかり。そこへ助けの手を差し伸べたのが、タテヤマ織物の社長・檜山。演じるのは斎木しげる!
檜山を動かしたのは、大地の熱意と人柄だ。見ず知らずの若者に、檜山は「お手伝いさせていただけるのなら、こちらこそぜひお願いしたい」と自ら頭を下げる。
念願のアッパー素材を手に入れた大地は、最後に残ったシルクレイを使って茂木(竹内涼真)に送る陸王の製造を呼びかける。茂木はすでに競技用のシューズとしてアトランティスのRIIを選んでいた。しかし、それでもかまわないと大地は言う。
「こはぜ屋は茂木を応援しているって伝えたい。もしこれが、最後の陸王になったとしても、無駄なことかもしれないけど、無意味なことじゃない」
大地の言葉が、あけみさんを動かした。飯山(寺尾聰)は、こはぜ屋を去ったシューフィッターの村野(市川右團次)を呼び出して語りかける。
「物分りのいい大人を気取って、ついやせ我慢をしたくなるんだ。だがな、連中は違うぞ? 一緒にやると決めたら、とことん寄り添ってきやがるんだ。うっとうしいぐらいによ! でも、あいつらのそこがいいんだよ」
なんと、ここで流れるのが中島みゆき「糸」のリトグリバージョン! 画面には、あけみさんが陸王を縫う姿が映し出される。なるほど、素材を結びつけて陸王を作り上げるのは間違いなく「糸」だ。大変気の効いた選曲である。
「縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布は いつか誰かを 暖めうるかもしれない」
超有名なサビとともに、縦の糸、横の糸、多くの人の協力によって完成した5代目陸王が映し出される。それを見て、今まで黙っていた宮沢が堰を切ったように話しはじめる。
「不甲斐ない俺のせいでバラバラになりそうなみんなが、たった一足の陸王を作るために、こんなにも力を合わせて一つになってくれた。陸王は、こはぜ屋のために必要なんだ! 失うことはできないんだよ!」
宮沢の言葉を聞いて、涙を流す社員たち。思い返してみれば、第1話でも銀行によるリストラ案に断固反対する宮沢の言葉を聞いて社員たちは涙を流していた。彼らは誰ひとり欠けることなく、一致団結することを何よりも尊ぶ。その中心にあり、象徴なのが陸王なのだ。ドラマ『陸王』は宮沢の話でもあるし、茂木の話でもあるのだが、やっぱり中心にいるのは彼ら名も無き社員たちなんだということがよくわかるシーンだった。
決戦! 役所広司VS松岡修造
やっぱり陸王を作りたい。その一心で、宮沢はこはぜ屋をFelixに売却することを決意する。しかし、裏で御園はアトランティスの小原からシルクレイの使用の申し出を受けていた。シルクレイだけ奪って、こはぜ屋の社員も事業もポイ捨てされるのは火を見るより明らか。
こはぜ屋の半纏を着込んでFelixの本社に乗り込んだ宮沢は、会社の売却を断わり、御園に業務提携を持ちかける。こはぜ屋がFelixに独占的にシルクレイを供給しようという契約だ。さらに宮沢はシルクレイの供給のための製造設備をFelixに支援してもらいたいと願い出る。
御園は数字と効率をタテに宮沢の提案を一蹴するが、宮沢も負けてはいない。坂本ちゃん(風間俊介)が徹夜で作ったFelixの買収企業リストを出して抵抗する。Felixはこれまで買収で成長を遂げてきたが、役割を終えた企業は容赦なく切り捨ててきたのだ。しかし、簡単に切り捨てられてしまっては困る。こはぜ屋には伝統がある。文化がある。何より社員の生活がある。
「値段のつかないものにも、価値はあるんです!」
いつの間にか、宮沢はあけみさんと同じことを言っていた。大地の「無駄なことかもしれないけど、無意味なことじゃない」という言葉とも通じている。
経営理念の違いに呆れる御園。それでもしぶとく粘る宮沢。御園が「(シルクレイを)独自に開発したほうがマシ」と突き放すと、平身低頭ながら「できるんですか?」と問いかける。激昂した御園は席を立つが、ここで宮沢の一喝が炸裂する!
「馬鹿にしないでくれ!」
設備投資の資金はないが、シルクレイを求める会社は必ずほかにもある。御園が執拗に欲しがったことがその証明だ。それならば必ず探してみせよう。
「そのとき後悔されるのは、あなたのほうだ!」
痛いところを突かれた松岡修造の顔が歪む! 熱意や人柄ですべてが解決するわけではなく、あくまでビジネスの話として進むところが熱い。
そして宮沢と御園のやり取りを見ながら、我々視聴者は大橋の三ヶ条「人は、表向きでは判断できませんよ」「リスクのないビジネスチャンスはない」「決めるのは宮沢社長です」をもう一度噛みしめるべきなのであった。
さあ、泣いても笑っても最終回! 御園はどう出るのか、茂木は再び陸王を履くのか、そして何より宮沢はこはぜ屋をどうするつもりなのか? クリスマスイブの予定がない人は一日中『陸王』に浸っていよう!
(大山くまお)