働き方改革の意味が分かっていないお偉いさんと邪魔をする身勝手な顧客

農林水産省が文書作成に使用しているソフトを、ジャストシステムの「一太郎」とマイクロソフトの「Word」の併用から、Wordに統一する方針を決定したというニュースが、インターネット上で話題になっているようです。

シェアが激減した一太郎の使用を今でも続けてきたことに加えて、今回のWord統一を報じる時事通信の記事で「働き方改革の一環」と表現されていることから、「たかがソフトの統一を働き方改革とは言わない」というツッコミの嵐が起こっています。


この指摘はまさにその通りで、働き方改革は読んで字のごとく「働き方」そのものを改革することです。改革を行うための手段は様々ですが、最終的に人々の働き方そのものが変わらなければ、それは働き方改革とは言えません。

「スマートフォンで閲覧しやすく、外出先でも仕事ができるため、業務の効率化と残業代削減が見込める」とのことですが、果たしてWordのスマートフォンアプリによる閲覧が可能になっただけで、どれほど働き方が変わるのでしょうか? 他の事例でも目にすることが増えてきているように感じますが、ただの業務改善に過ぎないレベルのことを働き方改革と表現するのは間違いだと思います。


顧客が変わらなければ働き方は変えられない


もちろん働き方改革はただ残業時間を短くすれば良いわけではないですが、長時間労働の解消はその大きな柱になることは間違いありません。労働時間が劇的に改善するのであれば、業務改善も働き方改革の一つとして見なすことはできます。それは大いに進めるべきでしょう。

その一方で、長時間労働解消の動きに対して、「バリバリ働きたい人たちだっている!」「削減一辺倒ではなく、多様な働き方を認めることが働き方改革だ!」という反論が必ずと言っていいほど出てきます。
でも果たしてバリバリ働きたい人たちとワークライフバランスを実現したい人たちを同じ指標で公正に評価することは可能でしょうか?

働き方改革のシンポジウムに何度か出向いたことがあるのですが、そのような場では登壇したオピニオンリーダーたちから、「今後は時間ではなく成果で評価をするべきだ!」という発言が毎度のごとく飛び出します。確かにそれ自体はごもっともなことです。ですが、成果で評価をすべきという彼らの発言や方針に対し、私は成果主義を支持する者として非常に強い違和感を覚えるのです。

というのも、真の成果主義とは企業内のみで実現できるものではありません。たとえ社内で成果主義を採用したとしても、「〇〇社のあいつはいつも足繁く通って誠意を見せている!」「寝ずに頑張って次の日の朝にすぐ違う案を出してくれた!」のように、たくさん時間をかけたことを評価する顧客が少なくない日本社会では、結局のところ要した時間が成果に比例する構造が、かなりの業界で残っています。


低賃金労働者にプロを求める日本人


具体例をあげましょう。先日、実業家の堀江貴文氏が、Twitterで高級ホテルの場所が分からなかったタクシー運転手に対して「クソ」という言葉を連発して批判し、経済力のある堀江氏が初乗り運賃410円のタクシー運転手を罵倒する「弱者叩き」の構造に、ネット上では大きな批判が起こりました。


また、LINE執行役員の田端信太郎氏もこれに関連してTwitterで「お客さんに道を一回聞くごとに、タクシー料金を1割ずつくらい割り引くべき」と発言しましたが、これに対しても批判の声が起こっています。彼らの主張や提案はまさに日本人のサービス業に対する過剰要求であり、過剰サービスと過剰労働を招いている「奉仕要求の精神」と言えるので、批判が起こるのも当然でしょう。

「道くらいプロとして知っていて当たり前だ!」と思うのかもしれませんが、初乗り運賃わずか410円で過剰なプロ意識やベテラン運転手と同じだけの知識を求められるタクシー運転手はたまったものではありません。質の良いサービスを求める富裕層はプラスオンしてワンランク上のサービスを受け取るべきであり、タクシー運転手にプロを求めるのなら自分が5倍くらいの金額を払ってから文句を言うべきです。

なお、お笑い芸人でもタクシー運転手を馬鹿にする発言をする人は少なくないですが、そうやってタクシー運転手の労働環境を悪化させて、サービスの質が向上しない構造を招いているのは顧客自身ではないでしょうか。


バリバリ働きたい人は副業すれば良い


このように日本では顧客の過剰な要求が非常に大きな問題です。
そのような中で成果主義を採用すると、保育園に通う年齢の子供がいて、送り迎え等をしなければならない父親や母親は、当然競争上不利になってしまいます。なので、日本ではたとえ成果主義を導入するにしても、徹底的な長時間労働の解消は必須であり、一社当たりの労働時間の上限を40時間内に限定するべきでしょう。

バリバリ働きたい人は副業をするのが良いと思います。近年働き方改革の一環として副業解禁が政府によって進められようとしており、副業を禁止しているモデル就業規則の改訂も目前に迫っています。

実際、スタートアップベンチャーやNPO法人や中間支援団体等に個人的に参加をする人も増えており、リクルートが運営する「サンカク」のようにマッチングを行うプラットフォームも現れています。また、「クラウドワークス」や「ランサーズ」のようなクラウドソーシングのプラットフォームや、「ココナラ」のようなスキルシェアのサイトも利用者が増えており、会社員が会社以外の場で自己実現を図れる機会は今後も増えて行くことでしょう。


既に労働者の約35%がフリーランスという調査もあるアメリカ等の先進国と比べて、企業に対する帰属意識の強い日本は歩みが遅いですが、おそらく将来雇用という概念そのものが古くなり、多くの人がプロジェクト単位で仕事をする時代になるはずです。好きなプロジェクトに好きなだけ参加して好きなだけ収入を得るワークスタイルが、今度は浸透するのではないでしょうか?

そのような「スキルベース」の時代に向けて、私たちは「会社で通じる仕事力」ではなく、「社会で通じる仕事力」を身に着けなくてはなりません。また、企業も「会社で通じる仕事力」ばかりを労働者に身に着けさせる企業文化ならば、就職活動をしている人々から敬遠されることでしょう。「働き方改革」は長時間労働ではない人々にも無縁ではないのです。
(勝部元気)