表と裏、勝ちと負けの二元論にとらわれた人
「この世界には裏メニューってものがあるんです」
「世の中なんて、どこかのバカがついうっかり倒しちゃったドミノ倒しでできているんですよ。ちゃんとしていようがしてまいが、並んじゃったら負けなんです」
商社に勤めていたが、男性社会に阻害された挙句に左遷され、会社の倉庫に火を放って逮捕された青羽るり子(小林聡美)は、世の中を恨んでいる。ドミノ倒しのような表の世界から弾き飛ばされてしまったから、何もかもがうまくいく裏メニューを渇望しているのだ。また、表と裏、勝ちと負けの二元論は、「グレーのままでいい」と謳い上げた坂元の前作『カルテット』とは対極の場所にある。
フランチャイズチェーンに加盟したせいで、父の代から続く店と土地を丸ごと奪われるはめになった持本舵(阿部サダヲ)は、件のチェーンに入るよう勧めた“親友”の西海(川瀬陽太)の「シャケが熊を襲う」という荒唐無稽な話を素直に信じ込む。これは持本のお人好し加減だけでなく、西海との関係性を示している。
「目覚ましスヌーズする奴が、人生もスヌーズするんだよな」。ヒリついた凶暴性を剥き出しにする西海。演じている川瀬陽太はピンク映画を中心に活躍する俳優で、瀬々敬久映画の常連。どこか裏の匂いをまとっている。
青羽のリードで西海から逃れた持本。「ずっとこういう感じなんですよ。
「社会からひどい目に遭わされた人は、死ぬ前にすることがあるでしょ。怒るんですよ。シャケだって時には熊を襲うんでしょ?」

枕とふとんのある生活は幸せなもの
「人様の秘めた哀しみを辛気臭いなんて片付ける奴は弁護士の資格ないよ」
静かな怒りをたたえて話すのは、亜乃音の雇い主である法律事務所所長の花房万平(火野正平)。刑事事件の依頼をすべて断り、いまだにフロッピーディスクを使い続ける彼もまた、社会のドミノからは外れている存在なのかもしれない。
花房が語る亜乃音の過去、それは彼女の娘・玲(江口のりこ)が19歳のときに家出をしたきり音信不通になっているというものだった。亜乃音がアラームをかけてまで天気予報を見ているのは、以前たまたま写り込んだという娘を探すためだった。無駄な努力かもしれないが、そうせざるを得ない母親の気持ちが胸に迫る。
そんな亜乃音のもとにハリカ(広瀬すず)がやってくる。彼女は亜乃音が持っていた大金が偽札だと見抜いていた。亜乃音に「取引」を持ちかけるハリカ。
しかし、死んだ亜乃音の夫、京介(木場勝己)が隠していたデジカメが見つかり、玲の消息もわかる。京介は玲と会っていたのだ。ハリカと亜乃音は、2人が写っていたラーメン屋に行き、玲が食べていた同じラーメンをすする。そして亜乃音は家のないハリカに泊まっていくよう勧め、パジャマを渡し、風呂を勧める。
久しぶりにパジャマを着て、風呂に入るハリカ。風呂の適正な温度もよくわからず、風呂上がりにリュックを背負っているハリカが愛らしい。枕に向かってダイブする仕草は、筆者も(原稿に追われておらず、堂々と寝ていいときに)よくするのだが、本当に幸せなことなのだとつくづく思う。
人は手に入らなかったものでできている
田中裕子と江口のりこの親子役って、顔立ちも雰囲気も似ていて、しかもどちらも演技派で、水曜10時のドラマに縁があって、思いついた人は天才だなぁ、と感心していたら、まさか血がつながっていないという設定とは思わなかった。玲は京介がよその女に生ませた娘だった。生まれたばかりの玲を19歳まで手塩にかけて育てたのは亜乃音だ。
「でもさぁ、誰から生まれたかなんて、そんな大事なことかな? ただ、お腹の中に10か月いただけのことでしょ?」
「顔だって19年一緒にいたら似てくるもん。
玲は突然現れた生みの親を頼って亜乃音のもとを去った。母に突然去られたハリカと、娘に突然去られた亜乃音。第1話ではハリカが仲の良い親子連れと寂しげにすれ違っていたが、第2話では亜乃音が親子連れを見つめていた。
「愛されてたって、愛してくれなかった人のことのほうが心に残るもんね。人は手に入ったものじゃなくて、手に入らなかったものでできているんだもんね」
自嘲気味に語る亜乃音。せつなすぎるフレーズだ。そして真実のようにも思える坂元マジック。
「親から愛された記憶がない子って、人を愛することができないんだろうね」。投げつけられて、自分が傷ついたはずの言葉を使って、亜乃音を慰めるハリカ。「愛された記憶があるから、愛せてるんだよ。亜乃音さんの愛情が、ちゃんと玲ちゃんに届いたから、自分の子どもも愛せてるんだよ」。いつしかハリカと亜乃音の間には母子のような関係が生まれていた。
「関係ないと思いますよ。愛された記憶なんかなくても、愛することはできると思いますよ」
文字だけを追うとぶっきらぼうにも見える亜乃音の言葉だが、ハリカへの優しさに満ち溢れている。ハリカは心も体も温かく包んでくれるふとんの中で、彦星(清水尋也)にメッセージを送る。
「ふとんと枕を発明した人には、ノーベル賞をあげるべきだったと思います」
うめ先生の穴埋めプロットで読み解く第2話
第2話の段階で言っておくが、『anone』はけっして難解なドラマではない。たとえば、今回のエピソードのプロットはとてもシンプルだ。『マジンガーZ/INFINITY』が絶賛公開中の二人組漫画家・うめの小沢高広さんが、かつて東大で行った「物語の作り方」で語った穴埋めプロットにそのままあてはまる。
「AはBのためにCをしたが、目標は達せず、代わりにDを手に入れる」
これに『anone』の第2話を代入すると、こうなる。
「ハリカはお金(偽札)を手に入れるため、亜乃音と取引をもちかけたが、目標は達せず、代わりに亜乃音との友情・愛情を手に入れる」
さて、亜乃音の留守中に、お金(偽札)を手に入れようと林田印刷所にやってきた青羽と持本。彼らが偽札の代わりに手に入れた(連れ去った)のはハリカだった! それにしても、持本、お人好しのくせに物の扱いがひどすぎるぞ! なんだか、人の残酷な本性を見るような気がして背筋が寒くなる。『anone』は優しいだけの物語ではない。
信頼したハリカに工場を荒らされて逃げられたと思い込み、落胆して座り込む亜乃音。
社会のドミノ倒しから弾き飛ばされた人たちが、辛い現実をべったりと背中に貼り付けたまま、世界の隅っこで息をひそめながら繰り広げるお話が『anone』というドラマだ。それでも彼らは少しでもマシな方向にむかっていると信じたい。第2話で、ハリカのことを「ハズレ」と呼ぶ人は誰もいなかったのだから。第3話は今夜10時から。
(大山くまお)