米国のユダヤ系レストラン業界にラーメンで新風を吹き込んだ男
鶏ベースで作られたしょうゆラーメン

「コーシャフード」をご存じだろうか。「コーシャ(ないしはコーシャー、カシェルなど)」とは、ヘブライ語で「適正」を意味し、コーシャフードとはヘブライ人、つまりユダヤ教徒向けの食事のこと。


ユダヤ教には豚肉が食べられないなどの規定があり、そのユダヤ教の中でも保守的な正統派ユダヤ教徒の戒律では、食べ物の種類だけでなく、コーシャ認定を受けた食品のみを食べて良いとされている。コーシャフードの認証には、ユダヤ教の宗教指導者が原材料から製造工程までの実地検査を行い、教義の教えに沿った材料が使われて調理されている証明が必要となる。

そんな正統派ユダヤ教徒でも食べられるコーシャ認証のラーメン屋が、先月ニューヨークにオープンした。

アメリカはイスラエルに次いでユダヤ教徒が多く住む国だ。中でもニューヨーク市のユダヤ人比率は相対的に高く、人口の約9%、約180万人がユダヤ人である。そこで食されるコーシャラーメンとはどんなものなのか? 同ラーメンを提供する店「ボルボル」オーナーのダニエル・ゼルコビッツさんにお話をうかがった。
米国のユダヤ系レストラン業界にラーメンで新風を吹き込んだ男
「ボルボル」オーナーのゼルコビッツさん


ラーメンとの出会いとコーシャ対応ラーメンを作った経緯


――なぜこうしたコンセプトの店を開こうと思ったのですか?
もともと、おいしい食べ物を開拓することが好きで、学生時代から飲食業のビジネスに携わっていました。昨年、寒い夜に妻(同じくユダヤ人の)と歩いていたら、ラーメン屋に長い行列ができていました。そこで妻が「私もあのラーメンが食べられたらいいのになあ……」と言ったんです。それがきっかけで、ユダヤ教の食の制限がある人でも食べられる、おいしいラーメンを作ろうと思いました。

――コーシャの教義の範囲でラーメンを作るのは難しくなかったですか? スープ一つでもいろいろと制限があると思います。まず豚骨ベースは豚ですから不可能ですよね。
そうです。
アメリカで人気のラーメンは豚骨をベースとしたものが主流ですが、豚骨が使えないのはハードルでした。実はカツオのだしも、カツオ節が一般的にコーシャフードではないため、使うことができません。私のスープは鶏ベースですが、うま味をしっかりと出すために40以上の材料を使っています。試作品はさまざまな友人や知り合い(コーシャ制限のある人もない人も)を集めて評価してもらい、味に改善を加えました。

――ゼルコビッツさんはコーシャ食品以外は食べないそうですが、一般的な食事との味の比較はどう行うのですか?
私のシェフはコーシャ食品の制限がありません。ですので、彼の舌はコーシャ食品以外を含めた広い選択肢の中からおいしい食事を作ることができます。私は自分が食べられる食材(コーシャ食品)の世界で、おいしい食べ物に対して常に探求心を持っています。つまり私と彼のコンビで「おいしい」「コーシャ対応料理」を探しています。


お店をオープンしてからのお客さまの反応は?

 
――客の中心はユダヤ人、そして特に敬虔なユダヤ教徒が多いですか?
7、8割はユダヤ人のお客さまでしょうか。そのうちの過半数は宗教上、一定の食制限のあるお客さまです。一方で、お店のデザインや料理が「いかにもコーシャ」なレストランではないため、コーシャ対応と知らずにいらっしゃるお客さまも結構いますよ。

――味についての客からの感想はどうですか?
もちろん「おいしい」と言ってもらえます(笑)。私のお店では、ラーメン以外にも日本食やアジア系の食材を使った料理を出しています。
それがコーシャ対応食を食べているお客さまには、かなり新鮮に映るようです。アメリカのコーシャレストランは典型的なコンセプトに縛られていて、ここ10年以上大きなムーブメントはありませんでした。私がお客さまにおいしいと感じてくれるラーメンを出せるようこのお店を作ったのは、そうしたユダヤ系レストラン業界に新風を吹き込みたかったからです。今はそれを実現できたと思います。
米国のユダヤ系レストラン業界にラーメンで新風を吹き込んだ男
店内にある日本酒は日本の酒蔵がコーシャ認定を取って造ったもの

――私も先ほどメニューの一つである「パストラミラーメン」をいただきました。パストラミ(ユダヤの母の味とも言える牛肉を燻した食品で、ハムのように薄切りされサンドイッチの具などとして食べられることが多い)とラーメンの組み合わせ、いいですね。チャーシューの代わりにパストラミなんでしょうか。こんなメニューは見たことありませんでしたが、実際に食べてみると合いますね。
このメニューはお客さまには二つのポジティブな驚きを与えます。一つは、普段パストラミを食べている人にとって、このパストラミは香りが一般的なものと比べてエキゾチックかつユニークに感じられること。というのも、このパストラミには、通常使われる黒こしょうの代わりに、花椒を使っているからです。もう一つの驚きは、普段ラーメンを食べられない人にとっての、初めてのラーメンとの出会いでしょうか。

米国のユダヤ系レストラン業界にラーメンで新風を吹き込んだ男
みそベースのパストラミラーメン

――確かにパストラミとラーメンの歩み寄りを感じました。このスープは、みそベースですか?
はい、伝統的なしょうゆラーメンも別メニューで出していますが、パストラミラーメンのスープはみそベースです。いろいろ試しましたが、薫製されたパストラミのスモーキーさに合うのは不思議とみそでした。

この仕事の価値と、将来の夢


――お店をオープンして毎日お店に立って、どのような事を考えていますか?
先ほど、アメリカのコーシャレストラン業界に新風を吹き込みたいと言いましたが、加えて、私は日本人ではありませんが、ニューヨークにいる宗教上の食制限がある人たちに、日本やアジアの食事・調理法がこんなにおいしいんだということを伝える一助になれているのではないかと思っています。元来からユダヤ人には親日家が多く、日本の伝統だけでなく、日本人の勤勉さや正直である人間性を尊敬している人は多いです。例え食制限があっても、彼らが食文化においても日本のことをもっと知ることができるようになればいいなと思っています。

――このお店も繁盛されていますが、今後の夢や次のゴールはありますか?
私はもう一軒全く同じコンセプトのお店を出そうとは思っていません。次またレストランを出すのであれば、このお店を開いた時と同じように、今まで開拓されていない分野を見つけて、そこに挑戦したいと思っています。
(迷探偵ハナン)
編集部おすすめ