石原さとみ主演、野木亜紀子脚本の金曜ドラマ『アンナチュラル』、本当に見事な最終回だった! 途中までは、とてもハッピーエンドになるとは思えなかったけど、よくあんな最高の大団円に持っていけたものだ。終盤の畳みかけは本当に見事。


シリーズ全話を通して捨てエピソードなし。それどころか、巧みに伏線を張りめぐらして気持ちよく回収しつつ、登場人物の愛らしさ、ストーリーの面白さ、人間ドラマ、社会性、メッセージを一つも欠けることなくすべて成り立たせているというすさまじさだった。

海外ドラマがケタ違いのスケールと面白さを次々と繰り出してくる昨今において、「ああ、日本のテレビドラマでもまだこれだけのことができるんだ」と素直に思わせてくれたのが『アンナチュラル』というドラマだったと思う。日本のドラマの水準を一段階上げた作品だ。

あまりに美しい終わり方に「続編は無理かな……」とも思っていたので、最後に出てきた「Their journy will continue」(彼らの旅は続く)というメッセージはうれしかった。スペルの間違い(「journey」の「e」が足りない)についての深読みする人たちも現れたが、それは作り手たちへの信頼の裏返しだろう。


『アンナチュラル』DVD&Blu-rayも発売決定とのことなので、いつかやってくるはずのスペシャルと第2シーズンを、じっと円盤を見ながら待とう。あと、UDIラボの白衣やツナギを販売してくれたら買う人多いだろうなぁ……。
「アンナチュラル」は日本のドラマの水準を確実に一段階上げた
イラスト/まつもとりえこ

また現実とリンクした公文書の「書き換え」


最終回は、UDIラボ(不自然死究明研究所)の法医解剖医の一人、中堂系(井浦新)の恋人・糀谷夕希子(橋本真実)を殺した犯人であり、26人もの人を殺した容疑がかけられている男・高瀬文人(尾上寛之)をめぐる攻防戦が描かれた。

知能犯である高瀬は自ら警察に出頭して遺体損壊は認めたものの、頑として殺人容疑については否定をし続けた。遺体損壊と遺体遺棄だけで逃げ切るつもりだ。高瀬を殺人罪で裁けない――。呆然とするミコト(石原さとみ)たち。
高瀬の供述に実際の映像を被せて嘘だとわからせる演出のスピーディーさが秀逸。

高瀬の逮捕とともに、一躍メディアの寵児となったのがジャーナリストの宍戸(北村有起哉)だ。彼は高瀬と接触し、殺人を見届けてきた。誰よりも高瀬について詳しい宍戸は次々とマスコミに露出。宍戸は被害者のほとんどが解剖されることなく、自殺や事故として処理されてきたことで捜査が遅れたことを指摘する。それを複雑な思いで見守る神倉(松重豊)たち。
『アンナチュラル』の問題意識はこんなところにも織り込まれている。

第3話でミコトと法廷で争った烏田検事(吹越満)がUDIラボにやってきて、ミコトに鑑定書の書き換えを迫る。遺体から見つかったボツリヌス菌は殺人には関係ないと判明していたが、高瀬はボツリヌス菌が死因だと主張していた。烏田はボツリヌス菌についての記述を削除してほしいとミコトに要望する。警察庁からも同じ要請がUDIラボに届いた。要請に応えない場合、UDIラボへの補助金を打ち切るという。
圧力による公文書の「書き換え」はまさに今、現実社会で大問題になっているところだ。また現実とリンクした!

ではなぜ、ボツリヌス菌について高瀬が知っていたのか? それは六郎(窪田正孝)が宍戸に話してしまっていたからだ。かねてから疑いの目を向けていた神倉によって六郎が『週刊ジャーナル』の内通者だということが暴かれる。裏切られたことに激昂する東海林(市川実日子)。それだけ六郎に愛着があったということだ。自分の裏切り行為に涙を流して悔やむ六郎は、そのままUDIラボを去る。


中堂の「感情」とミコトの「倫理」


烏田の要望通りの鑑定書を用意したのは中堂だった。中堂は被害者たちに「不条理な死」をもたらした高瀬を裁けないことに憤激していた。用意された2種類の鑑定書を見つめるミコト。

中堂の鑑定書は「感情」、ミコトの鑑定書は「倫理」を表している。中堂は夕希子を殺した高瀬を自分の手で殺したいと思っていた。彼は第5話で、恋人を殺された男・巧(泉澤祐希)の復讐を容認している。あのとき、振り下ろされた刃物は中堂の感情でもある。
彼の中で「感情」は「倫理」に勝るのだ。

一方、ミコトは法医学者としての「倫理」をもとに行動してきた。第9話では復讐に走ろうとする中堂に「私たちは法医学者です。法で落とし前をつける」と忠告する。しかし、彼女の言葉は高瀬のもとへと走る中堂の行動を止められなかった。結果的に高瀬は生き延びたが、その場に居合わせたら中堂はためらいなくシャベルを高瀬の脳天に振り下ろしただろう。実家に帰ったミコトは母・夏代(薬師丸ひろ子)と弟・秋彦(小笠原海)の前で無力感を露わにする。

「私、ずっと悲しむ代わりに怒ってた気がする。負けたくなかった。不条理な死に負けるってことは、私を道連れに死のうとした母に負けることだから。でも、毎日どこかで人が死んで、その分、誰かが悲しんで。人が人を殺して、憎んで、また悲しみが増える。法医学者のできることなんて、ほんの少し。負けそう……」

残された人々の「感情」に飲み込まれていくミコトの「倫理」。彼女の葛藤と無力感が涙になって零れ落ちる。だが、ここで「倫理」を守ったのは所長の神倉だった。補助金目当てに中堂の鑑定書を持っていったのか……と思いきや、彼が烏田に持参したのはミコトの鑑定書だった!

「UDIラボは中立公正な機関です。補助金はいただいても、お上におもねり、解剖結果を捻じ曲げるようなことはいたしません」
「高瀬を殺人で裁けなくてもいいんですか!」
「それはそちらの仕事でしょ! うちはうちの仕事をきっちりやってるんです! 責任転嫁しないでいただきたい!」
「(ポカーン)」
「失礼!」

神倉さん、カッコいい! しょんぼりしながらミコトに「職員一人に背負わせて知らぬ存ぜぬはできません」と言うあたりも素晴らしい。ここでも現実とリンクしている。

ウォーキングできないデッド


糀谷夕希子の父、和有(国広富之)がUDIラボにやってくる。彼はかつて夕希子の死を中堂の仕業だと思い込み、夕希子の命日に「罪を認めて償え」という手紙を送りつけていた。第4話で中堂がミコトに見せた手紙だ。宍戸がUDIラボに同様の張り紙をしたのは、和有と接触していたからだった。真実を知った和有は中堂に謝罪したいという。

しかし、中堂はUDIラボにはいなかった。彼の狙いは宍戸! 部屋に乗り込み、宍戸に猛毒のテトロドトキシンを注射して、解毒剤が欲しければ殺人の物証を出せと迫る。しかし、実はテトロドトキシンには解毒剤は存在しない! 彼が解毒剤として渡したほうが猛毒だったのだ。したたかな宍戸と何重にも罠を仕掛ける中堂の攻防は手に汗握るが、同時に常に嫌な気分がまとわりつく。中堂の復讐が成功すれば、彼は犯罪者になり、もうUDIラボには戻ってこられなくなる……。かけつけたミコトが中堂に叫ぶ。

「不条理な事件に巻き込まれた人間が、自分の人生を手放して、同じような不条理なことをしてしまったら、負けなんじゃないですか! 中堂さんが負けるのなんて見たくないんです! 私を、私を絶望させないでください!」

不条理な死を乗り越えてきたミコトと、乗り越えられない中堂が「絶望」という言葉でくっきりと対比される。中堂の「絶望」はミコトを飲み込んでしまうのか? ハッピーエンドが見えない……。

しかし、ここで活躍するのが三流医大生、六郎! 宍戸が飲んだテトロドトキシンが実は第1話に登場したエチレングリコールだと命がけで見抜く。中堂は解毒剤をミコトに差し出し、宍戸は一命をとりとめた。六郎のファインプレーは彼ら全員を救ったことになる。

一方、住まいのあるアメリカのテネシーへと帰る和有を見送った東海林がポツリと言う。

「ウォーキングできないデッドの国か~」

アメリカは土葬の国。だから『ウォーキング・デッド』というゾンビが出る物語ができる。8年前、夕希子の遺体はテネシーで埋葬されていた。つまり、遺体を再解剖することができる! まったく想像もつかない、それでいて第1話の「ウォーキングできないデッド!」というセリフを活かした展開に震えるしかない。亡くなった恋人の、8年経った遺体と対面する中堂の気持ちを想像すると、また震えが来る。

長い旅の終わり


最後は法廷での高瀬との戦いだ。高瀬は「僕は誰も殺していません」という主張を曲げない。証人に立ったミコトは、8年前にはなかった新しい技術で、夕希子の遺体から高瀬のDNAが検出されていたことを明らかにする。検事の烏田は、高瀬が母親に虐待され、しつけのためにカラーボールを口に詰め込まれていたという事実から、高瀬が母親への復讐のために連続殺人を行っていたという「物語」を法廷で語る。それを一笑に付す高瀬。すると、ミコトが語り始める。

「犯人の気持ちなんてわかりはしないし、あなたのことを理解する必要なんてない。不幸な生い立ちなんて興味はないし、動機だってどうだっていい。ただ、同情はしてしまいます。この可哀想な被告人に。被告人は今もなお、死んだ母親の幻影に苦しめられています」

挑発を続けるミコトに高瀬の様子が変わる。鍵は「同情」だ。ミコトは第5話で「同情なんてされたくない」と言っていた。中堂に対しても「同情なんてしない、絶対に」と言っていた。母親からの虐待は子の絶望を生む。ミコトと高瀬の境遇は似ている。高瀬も「同情なんてされたくない」と感じていた。だからミコトに「同情」すると言われて猛烈に苛立ったのだ。その結果、高瀬は法廷で自白を始める。事件は終わった。「俺はやり遂げたんだ!」という高瀬の言葉が、ミコト、中堂、東海林の顔に被る。「やり遂げた」のは彼らのほうだ。

法廷の外では宍戸が殺人幇助で逮捕される。毛利刑事(大倉孝二)の「人間界にはな、刑法があるんだ」ってセリフがカッコいい。真実を隠し続けた宍戸をスマホで撮影して高笑いする『週刊ジャーナル』の末次(池田鉄洋)のセリフ、「読者が読みたい記事ナンバーワン、高瀬事件の真実。これ、売れちゃうかもね~」も良かった。脇役一人ひとりに血が通っているところも『アンナチュラル』の魅力だ。

和有から「夕希子の旅は終わったけど、あなたは生きてください」と告げられる中堂。彼の犯人を探す長い旅も終わったのだ。夕日に包まれて、深く、深く頭を下げ合う2人。中堂の「絶望」に一つの区切りが訪れた瞬間だ。

そしてロッカールームで天丼を頬張るミコト。第1話の最初のシーンと同じである。天丼をもりもり食べる姿は、彼女の強さ、たくましさの象徴だ。UDIラボには坂本(飯尾和樹)も戻ってきた。そして法医学者になることを決意した六郎も! これも第1話のオープニングと同じように名札を出勤ボードに貼るミコトたち。再び、解剖の日々が始まる──。

最後に。筆者の知人に海外で事件に遭って親族を亡くした人がいる。その人が『アンナチュラル』の最終回を見て、「やっぱり本当のことが知りたい」とSNSでつぶやいていた。その人の親族の命日が最終回の放送日と重なっていたのだ。石原さとみさんは放送前のインタビューで「いつかUDIみたいな組織が国の中にできたらいいなと思います」と語っていたが、本当にそう思う。いつか虚構が現実を超えて、日本にUDIラボができたらいいのに。
(大山くまお)

「アンナチュラル」キャスト、スタッフ、主題歌


【キャスト】
石原さとみ 井浦新 窪田正孝 市川実日子 / 薬師丸ひろ子(特別出演) / 松重豊
池田鉄洋 竜星涼 小笠原海(超特急) 飯尾和樹(ずん) / 北村有起哉 大倉孝二 /


【スタッフ】
脚本:野木亜紀子
主題歌:米津玄師「Lemon」(ソニー・ミュージックレコーズ)
音楽:得田真裕
法医学監修:上村公一 鵜沼香奈(東京医科歯科大学)
プロデューサー:新井順子 植田博樹
演出:塚原あゆ子 竹村謙太郎 村尾嘉昭
製作:ドリマックス・テレビジョン TBS

「アンナチュラル」動画は下記サイトで配信中


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