広瀬すず主演、坂元裕二脚本の水曜ドラマ『anone』が最終回を迎えた。たくさん泣かされたけど、なんだかとても心が落ち着く終わり方だった。


第9話ではハリカ(広瀬すず)が彦星(清水尋也)に「君のこと、面倒くさくなっちゃった」と言い、持本(阿部サダヲ)がるい子(小林聡美)に「邪魔なんで」と言い、亜乃音(田中裕子)がハリカの前で警察に「知らない子です」と言った。それぞれが相手のことを想い、相手のために嘘をつく。

亜乃音は逮捕され、るい子と持本は逃亡中。ハリカはまた、ひとりぼっちになってしまった。
「anone」最終回 TVドラマは強者が勝つわかりやすい物語だけじゃなくていい
イラスト/Morimori no moRi

ハリカと彦星の再会と別れ


最終回では、時間を巧みに操りながら、登場人物の心と体がそっと元の場所に戻ってくる様子が描かれた。第9話が辛かった分だけに、優しい展開が胸にしみる。

鑑別所に入れられたハリカは、彦星からの手紙を受け取る。ハリカの嘘に気づいていた彦星は、彼女の気持ちに応えるため、九州の病院に転院して先進治療を受けていた。2人はSNSのように手紙を交わし、身近な雑談に興じるようになる。

ある夏の日、ハリカのもとに突然、彦星が面会にやってきた。2人が会うのは、大きな窓のある風通しの良い部屋。病室のときのようなカーテンも、刑務所の面会室のガラス窓もない。成長した2人が、遮るものを隔てずに顔を合わせるのはこのときが初めてだ。


彦星の病状の経過が順調なのを知り、そのことを噛みしめるようにして静かに涙を流すハリカ。第9話の病室で流した涙とは、まったく意味が違う安堵と喜びの涙だ。見ていると、広瀬すずの静かな演技に吸い込まれていく。演出の水田伸生も、このドラマには珍しいクローズアップでハリカの涙を捉える。

涙を拭い、穏やかに他愛のない話を楽しむ2人。ハリカの身だしなみを整えたり、さりげなく時間を延長したりする刑務官(峯村リエ)が優しい。面会後、ハリカの想像が語られる。施設から脱走したハリカと彦星は、そのまま制服姿の高校生になり、仲良くお弁当を広げて一緒に音楽を聴く。幸せな想像は、現実にならなかった“ニセモノ”だが、これから先もハリカの心を支えていくのだろう。別れ際に重ねた手を思い出しながら、その手をそっと下ろす。ハリカはもう彦星に会うつもりはない。

るい子と持本の恋


るい子と持本は小さなアパートに潜伏していたが、持本の病状は悪化していた。だが、これまでの人生で家族も伴侶も仕事も持つことができなかった彼にとって、るい子の膝の上はとてつもなく安らげる場所だったに違いない。
持本が欲しがったアジサイの花言葉は「家族団らん」だという。

「諦めてませんから。あと、50年生きますから」
「オッケイ」
「幸せにしますから」
「頼んだ」
「絶対、離しませんから。本当ですから」

この「オッケイ」と「頼んだ」が何とも言えないニュアンス。翌日、テレビで持本が街頭インタビューに応えている映像が報道される。「好きな人を色で例えると?」と聞かれて、「あおばさんの青」と答える持本。不器用で唐突な愛の告白を見ながら、こらえきれず嗚咽するるい子。その傍らには眠るように亡くなった持本が横たわっていた。そのまま、るい子は自首する。

何もかもうまくいかなかった男と、願いごとが何もかなわなかった女が、社会の片隅で嘘と犯罪をきっかけにして出会って、結ばれた。死別は悲しいし、とても泣けるけど、持本もるい子も幸せだろうな、と思わせるシーンだった。その感じはエンディングに結びつく。


「辛い人が辛い人を傷つけるの、そんなの一番くだらない」


偽札を使いながら逃亡を続ける中世古(瑛太)を探そうとするハリカ。中世古が捕まらない限り、罪を全部被ろうとする亜乃音の刑期は長くなる一方だからだ。そして、偽札が使える両替機の存在を中世古に教えて、そこで捕まえることに成功する。電話で「どこー?」と聞く中世古の声のトーンが不気味。

自首を薦めるハリカに、中世古は「生きてるの辛くないの? どうやって息してるの?」と問いかける。彼自身、息するのも辛いほどの生き辛さを抱えていた。だが、それはハリかも亜乃音も持本もるい子も一緒のことだ。自分には「この世界を恨む権利がある」と語る中世古に、ハリカは激怒する。

「辛いからって、辛い人が辛い人を傷つけるの、そんなの一番くだらない。バカみたい。バカだよ!」

今、世界中で辛い人を傷つけている辛い人に聞かせたい言葉だ。中世古は自首する前に、陽人(守永伊吹)に会いたいと言う。陽人は自分が幼い頃、手紙に火をつけて火事を起こしたことを思い出しかけていた。
だが、中世古は「陽人は関係ない」と言う。火事を起こしたのは自分だと嘘をつく。第9話では、ハリカと持本と亜乃音が相手を想って嘘をついていたが、最終回では中世古が相手のために嘘をついたわけだ。中世古は「青いライター」を持って帰った。「青」は孤独や寂しさを表す、このドラマの鍵になる色だ。次屋尚プロデューサーによると、演出の水田伸生のアイデアだという。「青いライター」というセリフは、水田演出に坂元裕二が脚本で応えたものだったのかもしれない。

玲(江口のりこ)は刑務所の面会で、亜乃音に「お母さん」と呼びかける。2人は何年かぶりに他愛ない話で笑い合う。ハリカと彦星、持本とるい子、亜乃音と玲。意味深な名言ではなく、なんでもない他愛ない話が人を結びつける。

「ニセモノ」や「嘘」が人を救う物語


刑期を終えた亜乃音を迎えに行くハリカ。
家には先に刑期を終えたるい子も帰ってきていた。そして持本の幽霊も! いきなりの展開で度肝を抜かれたが、よく考えたら第4話で堂々と幽霊のアオバ(蒔田彩珠)を出していたわけだから、それほど唐突ということでもない。久々の団らんを楽しむ3人(と1人の幽霊)。ハリカは亜乃音に自立したいことを告げる。

「帰れる場所があるから、もう寂しくないから、自分の力で頑張ってみたい」

声にならない声でため息をつく田中裕子の演技が相変わらずすごい。それと渡り合う広瀬すずも。3人(と1人の幽霊)は流星群に興奮して、願いをかける。願いことは忘れることにしていたはずのるい子も、「地球も流れ星になればいいのに」と言っていたはずのハリカも、素直に願いをかけていた。寂しさがなくなれば、人はこんなに素直になれる。

『anone』は「ニセモノ」や「嘘」が人を救う話だった。疑似家族というニセモノ、血縁のない親子というニセモノ、捏造された記憶というニセモノ、そして相手を想う嘘。後半は偽札をめぐる物語だったし、最終回にはカニカマというニセモノも登場した。
しかし、ニセモノがすべて悪いわけではない。ニセモノがホンモノの代わりを務めることは十分ありえるし、ニセモノから生まれた心のつながりは、その人にとってかけがえのないホンモノになる。なにより、ドラマ自体がニセモノだ。でも、そんなニセモノの物語が人の心を救うことがある。

たしかにわかりにくいストーリーだったし、遅々として進まない展開もあった。ながら見していたら何が何だかわからないし、聞き取れないセリフもあったと思う。視聴率は低迷し、脚本の坂元裕二は本作で連ドラを一旦卒業することを発表した。それでも、『anone』のようなテレビドラマが今後も作り続られてほしいと心から願う。強い者が勝つわかりやすい物語、ホンモノばかりを追い求める物語ばかりではなく、『anone』のように弱い者に寄り添い、ニセモノを讃える物語こそ、テレビドラマにはよく似合うはずだから。
(大山くまお)

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