神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた
刀の上を歩く斉天大聖(孫悟空)が憑依したチートン

マレーシアのジョホール州ムアーには、刀や火の上を歩くユニークな祭りがある。旧暦の3月23日(2018年は5月8日)前後に行われる、道教の女神・媽祖(場所により天上聖母、天妃娘娘など呼び名は変わる)の誕生日を祝う「媽祖誕」だ。


媽祖誕は、マレーシアの他に台湾、香港、マカオなどアジア各地で行われ、日本では横浜中華街などで開かれている。同祭は、一般的に巨大な媽祖の人形を引き連れて行列行進したり、みこしに乗せて担いだりするが、前述したムアーでは刀や火の上を歩く。刀の橋を渡ることで邪気を祓い、幸福や繁栄がもたらされると信じられているからだ。

そのムアーの媽祖誕に行ってみた。
神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた
道教の女神・媽祖(中央奥)と招かれた神々


見えないお客さまが招かれる日


媽祖の誕生日は2日前からの歌仔戯(ガーザイーシー)から始まる。歌仔戯は台湾オペラとも呼ばる台湾の伝統芸能であり、ミュージカルのようなもの。これがほぼ一日中演じられる。
舞台の前にはほとんど誰もおらず、歌と音楽、せりふだけが不気味に響く。なぜ台湾の伝統芸能が行われるのかというと、マレーシアに住む華僑の多くは台湾に近い福建省から来ていることと関係がある。歌仔戯は台湾で演出が加わったものが福建省に伝わり、その後、華僑と共に各地へ伝播したからだ。
神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた

舞台前に用意された観客席は無人。いすの後ろにはキョンシーのお札のようなものが貼られる。設けられた観客席は媽祖と他の寺院から招かれている神々の席だからだ。
そして祭壇前には、他のお寺から一時的に持ってこられた神像が、舞台に向かって並べられる。

招かれているのは、道教の観音さまである観音娘娘、道教の子どもの神様である三太子、学者の張李が神格化された大伯公、西遊記の孫悟空が神格化された斉天大聖、三国志の関羽が財神となった関帝など。そうそうたるメンバーだ。

盛り上がりのピークとなるのが前夜祭


媽祖誕が一番の盛り上がり見せるのが前夜祭だ。まずは媽祖自体を自分の体に憑依させる。そこでチートンと呼ばれるシャーマン的聖職者が活躍する。最初は憑依に慣れず、寒くて体を震わせたり泣いたりすることもある。
ただし10回くらい憑依を重ねると、大きな反応は起こらなくなるという。人間、何事も慣れが肝心なのだ。
神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた

天后宮以外の寺院からもチートンが訪れ、それぞれがお守りしている神を体に憑依させる。憑依の瞬間は倒れてしまうこともあるため、その際は介添人が後ろからサポートする。憑依が完了すると神の衣装を着せて準備万端。道士が笛を吹き剣舞をする。
いよいよ刀でできた橋の渡り初めだ。

媽祖を筆頭に他の神々、その後ろにお供え物を担いだ者たちが続く。一般の人も、1週間ベジタリアン生活を続ければ参加できる。筆者も参加してみた。
神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた
刀が並べられた橋

まず紙の束で足の裏を清めてから一歩を踏み出す。最初に何歩か歩いたときには「もしかしてそんなに痛くない? いけるかも」と思ったのだが、さらに歩くにつれて「何でこんなことしてるの私。
この地味な痛みは……どうしよう。引き返せないじゃない」と焦りが出てきた。「これは修行だ。集中、集中」と何度も自己暗示にかけながら言い聞かせるも、足を踏み外したら結構な高さだ。「落ちるときにうまく落ちることができず、首がひっかかったら死んじゃうかも」と、さらに不吉な思いが頭をよぎる。その不安を必死に追い払い、とにかく踏み外さないように手に力を入れて踏ん張った。
通常はこれを2回行うが、私は1回でリタイアしてしまった……。
神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた

渡り終わると、次は炭の上を歩く。燃え盛る大量の炭の上を走り抜けているチートンがいる一方で、左右にダンスをしながらゆっくり進むチートンもいた。筆者は刀だけで精一杯だったため、炭の上まで歩けなかったが、チートンの足の裏を見せてもらうと、やけどを負ってただれていた。
神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた
焼けた炭の上を歩くチートン

この壮絶な前夜祭が終わると、いよいよ媽祖の誕生日当日だ。神々への感謝に加え、各寺院から集まったチートンが、それぞれの神を憑依させる。大酒飲みの神様は酔っ払った様子でふらふらし、子供の神さまだとおじさん(チートン)が赤ちゃんのようになる。最後に、媽祖への贈り物として巨大な紙でできた服、巨大な線香、神にささげるお金、家などを燃やして、媽祖の誕生日は幕を閉じる。


媽祖とは医者であり相談役のような存在


なぜ中華系マレーシア人に媽祖信仰が厚いのか? 媽祖誕に参加した福建省出身の中華系マレーシア人に聞くと、彼らにとって媽祖(を憑依させるチートン)は医者であり相談役のような存在だそうだ。
神さまを憑依させて刀と火の上を歩くマレーシア・ムアーの「媽祖誕」に行ってみた
二人の神が会話しながら符を作る

チートンから授けられた媽祖の符を護符として掲げたり、灰にしたものを水に解き薬として飲む(符水)。かつて符は、神刀でチートンが自らの舌に傷をつけ、流れた血で神語を記して作られた。今ではインクか朱砂になったものを用いるが、それでも絶大な威力があるとされている。

他には「母が突然笑ったり、泣いたりして様子がおかしかったので媽祖のところに連れて行ったら、悪霊が追い払われた」「兄弟の何人かが悪霊に取りつかれたときに媽祖のお世話になった」といったことや、媽祖誕では「赤ちゃんがいる家族は、お守りとしての符を授かる」「何か悩みやがあれば相談」したりする。つまり媽祖を憑依させるチートンは地域のカウンセラーのような立ち位置なのだ。
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儀式を行う道士

媽祖誕は旧正月、お盆と並び、マレーシア華僑が年に3回家族で集う大きなイベントの一つ。経済発展が進み、仕事に重きを置く人が増えた最近では、以前のように大家族で集うことも減りつつあるが、それでも兄弟の何人かは、地元に帰り数日間過ごす。媽祖は家族そして地域社会の要として、今も中華系マレーシア人の間に息づいているのだ。
(さっきー)