真面目一徹の田舎侍が、何の因果か江戸のジゴロに……。『のみとり侍』は、お色気コメディ時代劇でありながら現代日本への批判性も感じさせるという、黄金時代の日本映画を思い出させるような欲張りな作品だった。

阿部寛「のみとり侍」お色気コメディだからこそ鋭い。オールドスクールな日本映画の娯楽と批評性

この作品に触れるまで知らなかったのだが、江戸時代には「猫の蚤とり」という仕事が実在したという。その名の通り、客が飼っている猫の蚤をとって日銭を稼ぐ仕事なのだが、実態は異なる。というのも、蚤とりの依頼を受けたという名目で家にあがりこみ、その家の女性を抱くという商売だったようなのだ。要はジゴロというか、男娼である。全国で広く公開される映画の題材としては、なかなか攻めている。

越後長岡の田舎侍、ひょんなことから"蚤とり"に!


『のみとり侍』の舞台となるのは江戸時代中期、田沼意次が幕政の実権を握っていた時代である。積極的な商業政策のおかげで景気が良く、儲かるならばなんでもありという空気が蔓延していた時期だ。
越後長岡藩の勘定方として藩邸に詰める真面目一徹の侍、小林寛之進は、ある日の歌会で藩主である牧野備前守忠精の詠んだ歌がパクリであることを指摘してしまう。激怒した忠精が口走った「猫の蚤とりにでもなって無様に暮らせ!」という言葉と共に藩邸から放り出される寛之進。「猫の蚤とりとはなんだ……?」と真面目に考えつつ江戸の町を歩いていると、ご丁寧に「蚤とり」と書いた看板の立つ建物にたどり着く。

とりあえず中に入ったところ、店主の甚兵衛夫妻に「仇討ちのために蚤取りに身をやつしている」と勘違いされ、どんな仕事かよくわからないままに蚤とり稼業をスタートさせる寛之進。初めての仕事先で出会ったのは、死んだ妻に瓜二つの女おみねだった。わけもわからぬままおみねと寝る寛之進。
しかし、賢者タイムの寛之進に言い放たれたのは、おみねの「ヘタクソが!」という罵倒だった。侍としてのプライドやこれまでの人生を全否定された寛之進。意気消沈しているところ、恐妻家ながら性欲に忠実な遊び人である小間物屋の若旦那清兵衛と出会い、女の喜ばせ方の指南を請う。

クソ真面目な武士が蚤とりに……というストーリーは、現代で例えると新潟県庁に務める真面目な公務員が東京出張中に知事に怒られてクビになり、そのまま歌舞伎町で出張ホストに転身……くらいの感じだろうか。蚤とりは裏稼業といっても実在した職業であり、ディテールの描写は意外に地に足ついている。派手な柄の着流しを羽織り、大名風の髷を結って口上を述べながら街を練り歩く姿は、なるほどこういう感じの仕事だったのね……という説得力がある。


ディテールの作り込み方に関して、一定のテンションが保たれているのも見ていて心地よい。寛之進が転がり込む長屋(というか蔵ですね、あれは)の汚さやボロさ加減、江戸の人々の服装や言葉使いや芝居などに、解像度が異なるものが混在している感じがない。ちゃんと考証して、必ず一定水準の解像度を上回るものしか画面に登場させたくない……という意思を感じた。

とは言えこういうストーリーの映画なので、艶っぽいシーンも山盛り。さすがにR-15だけのことはある。特に豊川悦二演じる清兵衛の色事指南のシーンはトヨエツのやたらといい声も相まって妙に濃厚な味付けになっており、お色気コメディとしてのキモの部分はちゃんと盛り込まれている。
また、清兵衛が思ってもいなかったような体位で交わる様を覗き見して、目を白黒させる寛之進もいい。やたらとモノローグ(寛之進の中身は阿部寛なので、こちらもいい声なのである)で言い訳しつつ、ジゴロとして成長していく姿をゲラゲラ笑いながら見てしまった。

現代日本の問題の戯画にも見える、後半のストーリー


ようやく蚤とりとしても一人前になり、おみねともうまくやっている寛之進。しかし田沼意次は失脚し、何でもありだった江戸の商売も一気に取り締まりがキツくなる。蚤とりもご禁制となり、これまで呑気に商売していた甚兵衛の店の蚤とりたちはお上に捕縛されてしまう。そもそもブチギレた殿様の意思で藩から放り出されて蚤とりになったのに、さらに罪人にまで落ちぶれしまった寛之進の運命やいかに……というのが映画後半のキモである。


寛之進は真面目な男だ。「蚤とりになって無様に暮らせ!」というのも、元はと言えば激昂したバカ殿様が勢い任せに吐いたセリフ。しかし寛之進は真面目に「殿が蚤とりになれって言ったからなあ……」と蚤とり業に精を出し、生来の真面目さからあっちの方も上手くなり、上手くなった途端に蚤とりご禁制である。たまったものではない。

この構図、「上の言うことを聞いて真面目に仕事をしてきた人間が、立場の強い者の都合だけで簡単に切り捨てられた」「そして上の立場にいる者はロクに責任をとらない」というようにも読み取れる。お色気コメディではあるが、『のみとり侍』は現代の日本で連日繰り広げられているうんざりするような事態を批判的に扱った映画でもあるのだ。
むしろ、「江戸自体を舞台にしたお色気コメディ」という皮を被っているからこそ持ち得た批評性なのかもしれない。どこまで意図して作られたものかはわからないが、絶妙なタイミングで公開されたものだと思う。

軽快なコメディ自体劇という体裁を保ちつつ、硬派な社会批判も盛り込むというバランス感覚は、まさにオールドスクールな日本の娯楽作品を思わせる。エロも笑いも織り込みつつ意外に芯もあるという話作りには、感服つかまつりましたと言いたいところだ。
(しげる)

【作品データ】
「のみとり侍」公式サイト
監督 鶴橋康夫
出演 阿部寛 寺島しのぶ 豊川悦二 前田敦子 大竹しのぶ 斎藤工 松重豊 風間杜夫 ほか
5月18日より公開中

STORY
江戸時代中期、越後長岡藩の藩士小林寛之進は、藩主の逆鱗に触れ「猫の蚤とり」となることを命令される。名目は猫の蚤とりであるものの実態は男娼であることに驚く寛之進だったが、江戸の人々や亡き妻に瓜二つの女おみねと触れ合いつつ、蚤とり稼業に精を出す