第10週「息がしたい!」第57回6月6日(水)放送より。
脚本:北川悦吏子 演出:土居祥平
57話はこんな話
「好き」と迫ったら「その気はない」と正人(中村倫也)言われてしまった鈴愛(永野芽郁)。
胸の痛みを律に救ってもらう。
「律に会いたい」
正人にすがったら突き飛ばされて、愕然となる鈴愛。
超高速参勤交代とか伊賀超えとか最近時代劇でよくあるが、ラブストーリーも突然に。超高速失恋。
正人もなかなかひどい。いくらなんでも突き飛ばすなんて・・・これが「別れ際はナイフで・・・」(36話の初登場回)ってやつか。
鈴愛は秋風ハウスに帰って、ユーコ(清野菜名)とボクテ(志尊淳)に泣きながら報告。当然ながらふたりは憤慨する。
「完全にいけたと思ってた」とショックで息が苦しい、と過呼吸になる鈴愛。こんなときにどんなクスリがいいのか・・・“律”という安定剤だった。
「律に会いたい」と鈴愛は泣き、ユーコがさっそく律に電話、報告を受けた律はさっそく引っ越し準備中の正人の部屋で事情を聞く(なにしろ同じマンションのフロア)。
律と正人の話し合いは後述するとして、正人と話した律が秋風ハウスにやってくると、鈴愛はさっそく晴(松雪泰子)に電話していて、その電話に代わる律。トントン拍子に話が進む、この連携がじつに美しい。
複雑な正人くん
律に問い詰められて「つきあってないよ」とすっとぼける正人。
純情な律や鈴愛には信じがたい。
でも「マハジャロとかゴールドのお立ち台に乗ってる女と一緒にすんなよ」などと注意するとき、律は決して激昂しない。「おまえー よくも鈴愛を!」とか言って殴りかかるような勢いになりがちなのが夜のドラマだがそうはしない、常に淡々とした律がここでは救いである。
正人の話をちゃんと聞こうとする律の態度によって、正人は自分の言い分を説明。
このままだと鈴愛を好きになってしまう、でも“五人目の彼女”(たとえ。「いまはまわりまわってフリーだよ」)にしたくなかったとわかるようなわからないことを言ったあと「自分、律が大事だから」と言う。
東京ではじめて出来た友達が律なので律と鈴愛の関係に気を使っていると言うのだ。
「こんな気持はじめてなんだよ」と言いながら猿(オランウータン)を片手でぶら下げる動作がいいアクセントになっている。
正人、女の子はたくさん寄ってくるけど同性の友達はいないようだ。友達いなくて律だけというのはブッチャーと同じ。
おまえが俺と鈴愛を語るな
正人の本音は、律と鈴愛が惹かれ合っているのに自分が鈴愛とつきあうわけにはいかないという律儀なものだった。裏を返せば、女にだらしない正人をもってしても律と鈴愛の強固な関係性を壊せないということだろう。
だが律はそれを心外に感じる。自分たちが気持ちに気づいてないだけと言われ、
「神様みたいに。
「えっ。むかつく」
「おまえが俺と鈴愛を語るな 俺と鈴愛の歴史を語るな」とポンポン吐き出す。
なるほど、ここではじめて律が激昂するのが演技プランなのだろう。冷静な律が何に怒るか、そこが重要なのだ。
「おまえが俺と鈴愛を語るな 俺と鈴愛の歴史を語るな」
この台詞はじつに良い。
律の中でむくむくと制御できない感情が沸いてきて脳みそを掻き回している感じがよく出ていて(目の動きとか)、やっぱり佐藤健、巧い。
そして、すこし本音をむきだした律にふっと薄く笑うような中村倫也の表情も。
律と鈴愛の不可侵な関係
鈴愛「律 裏貸して」
律「裏?」
鈴愛「表でなくていい 裏 背中」
こうして、鈴愛は律のあたたかい背中に右頬をつけて、少しだけ体重を預ける。
「おれはお前のお母ちゃんか」
「たぶん生まれてはじめて聞いた鳴き声が鈴愛の声なんだよな」
などと言いながら鈴愛を背中で受け止める律。
正人の部屋では、敷居をまたがないところに立って話していた構図との違い。
欲をいえば、この少女漫画のような場面は間接照明かなにかにしてふわっと見せたらもっとふたりの不可侵な神聖な関係が際立ったのではないだろうか。正人の部屋が間接照明だからかぶってしまうのか。
たとえば、幼い頃、鈴愛の左の耳が聞こえなくなったとき律の隣で泣いたと思い出す回想で、ああ、この頃のふたりがほんとうにかわいくてすてきと思うのは、ロケが効果的だったことも大きい。ほかには、夜のふくろう商店街を使った場面はうまくいっている。雨のなかふたりで歩くシーンなども。
限られたスケジュールや予算のなかで撮影場所や撮影方法を選択していくのは困難を伴うだろう。だが人間の想像力を可視化しようと奮闘している脚本なので、撮影方法も例えば岩井俊二や三木孝浩のような画づくりで雰囲気づくりをしてもいいのではないかと思う。あえてそれをしないのは、ロケで得られる真実味よりも俳優の芝居の真実味を信じているからともいえるだろう。
たとえセットでフラットな照明のなかでも俳優の心が動く瞬間を捉えたいというそれこそ純粋な気持ち。実際、佐藤健と中村倫也は、少女漫画の登場人物のような男の子の像をロケや照明に頼らず自力で透明感や輪郭の曖昧な感じを出そうとしている。なかなかの手腕である。
美術もポップな色使いでリアリティーから少しだけ遠ざかろうとしている。
そこにふたりの間に父の手作りライトが鎮座している点を注視してみたい。それによって、未だ恋じゃないふたりとなる。
ふわっとしたいけどしないのは、恋に行き過ぎず違う感覚を滲ませようとする職人たちの試行錯誤ではないだろうか。
なんてことを書くと「おまえが俺と朝ドラを語るな 俺と朝ドラの歴史を語るな」と怒られそうな気もしますが。

「半分、青い。」の57話のラストも赤と青になっている。
北川悦吏子が岩井俊二プロデュースで初監督した映画「新しい靴を買わなくちゃ」はフランスロケでキラキラとふわふわとしていた。
このオフィシャルブックではくらもちふさこが漫画を描いている。
ちなみにヒロイン(中山美穂)の相手役(向井理)の妹の名前が鈴愛(桐谷美玲)。
(木俣冬)