ドキュメンタリー映画『人間機械』を見た。見たのだが、結果としておれはかなり困惑しているし、モヤモヤした気分である。
「悲惨」と「絵面のかっこよさ」は両立すると、改めて突きつけられたからだ。
インドの巨大工場に潜入「人間機械」しょうがない!「悲惨」と「絵面のかっこよさ」は両立するのだ

暑苦しさ2000%! 潜入、インドの巨大繊維工場!


『人間機械』が扱うのは、インド北西部グジャラート州にある巨大な繊維工場だ。工場では布の生産から染色に至るまで、多数の工程を踏む。その中で不可欠なのが、労働者たちと加工用の機械である。カメラはこの工場の内部に入り込み、轟々と音を立てながら動く機械と、その間で仕事をしたり、歩き回ったり、寝たりしながら汗水垂らして働く労働者たちの姿を映す。

労働者たちの仕事の環境は過酷極まる。映画が始まってすぐに映るのは、巨大な釜で火を焚く男の姿だ。それ以降も、ネバネバの染料を力づくでかき回したり、汗だくになりながら機械を操作したりという、地獄みたいな単純労働が延々と映る。工場の中には灯りも乏しく、窓はほとんどない。見ているだけで暑苦しさが伝わってくるようだ。その環境で彼らは1日12時間働き、しかも給料は決して高くない。

工場の機械が稼働している様を映す隙間に、労働者たちへのインタビューが挟まれる。労働者たちは口々に不満を述べる。
彼らの中でも数が多いのが、天候不順によって仕事を失った出稼ぎの農民たちだ。仕事を得られれば故郷に仕送りができると思ったものの、手元にあるのはその日暮らしがやっとの金。労働争議に持ち込もうとするも労働者たちはまとまれず、仲間内で文句を言い合うことしかできない。しかも、労働者たちの中には明らかに子供が含まれている。子供たちは大人と同様に長時間働かされ、彼らが回転する機械の脇で居眠りをする様もカメラは映す。危なっかしいことこの上ない。

しかし、労働者たちは同じ口で「俺には手が生えているんだから、働くのは当然だ。だから1日12時間だろうと働く」と言う。これはおそらく忍耐を美徳とするインド的な価値観なのだろう。一方で、工場の経営者は「インド人は給料を上げるとすぐサボるし、文句ばかり言って働かなくなる。奴らは安く買い叩くくらいでちょうどいい。まあ、ウチの利益はここ10年で倍になったけど」とスマホをいじりながら自慢する。


なんというか、日本でも頻繁に見るような光景である。モラルを盾に労働者を買い叩く経営者と、社会通念のせいでそれに文句が言えず、身内同士で叩き合ってグダグダになる労働者。カメラに向かって「どうせすぐにどっかに行くんだろ」「この取材にはなんの意味もない」と吐き捨てる労働者たちの姿は痛々しい。しかも、この取材が入った工場は周辺に1300軒ほどある工場の中でもマシな方なのだという。グローバル化がもたらした労働の問題を告発する映画として、『人間機械』は立派にその役目を果たしている。

しかし、この映画の内容はそれだけにとどまらない。圧倒的な絵面のかっこよさと強烈な音響こそが、『人間機械』のもうひとつの本体なのである。

かっこよすぎてモヤモヤする、最悪労働環境の矛盾


映画が始まってすぐ、狭い工場の通路をぐるぐると歩き回る様子が手持ちカメラで映される。暗い通路をぼんやりと照らす切れかけた蛍光灯。立ち並ぶ機械はどれも汚れて油や染料にまみれ、その合間でぼんやりとした表情のインド人たちが物憂げに力仕事をしている。カメラはその隙間をふわふわと漂うように移動する。さながら「VR インドの繊維工場」といった感じである。


この冒頭から一気に続く、人間と機械の動きをとらえた映像が凄まじくかっこいいのである。高速でビュンビュン飛び出してくる布地、染料の入った壺をゴロゴロと引いて歩く足元。機械の汚れ具合からはビンテージ感が漂い、まるで『スター・ウォーズ』に出てくる宇宙船のようだ。その間で、意思を失ったかのように淡々と重労働をこなす人間たち。1カットごとの構図もバチバチに決まっており、光源の位置や強さも相まって、場面によっては絵画のようになっているカットもある。

音響も凄まじい。工場の内部では常に轟音が鳴り響いており、それがそのまま記録されている。映画館ほどの音量で聞くと、本当に周囲すべてが爆音で覆われることになるのだ。本物のインダストリアル・ノイズである。『人間機械』は、今最も爆音上映に向いている映画なのではないだろうか。

轟音と非人間的な仕事という要素が、これほどまでに魅力的に映っているという事実を前にすると、どうにも戸惑うしかない。おれは戦車や鉄砲のことが好きだしかっこいいと思っているのだが、当然それを使った戦争は悲惨だし、自分が参加したいとはちっとも思わない。
そして、その矛盾を今のところ解消できていない。それと同じような構造の矛盾が、『人間機械』には存在する。暗い空間でギトギトに汚れた機械が轟音を立てながら稼働している様がビシッと撮られていると、どうしたってかっこいいのだ。しかし、前述のようにそこで働いている人間たちはめちゃくちゃな安月給でこき使われている。どうしてこんなにかっこよく撮っちゃったんだ! ダサい絵面だったら「許せない! 社会が悪い!」って怒って映画館を出ればよかったのに!

というわけで、見た後ずっとモヤモヤとした気分で生活している。モヤモヤした気分になるというのは、ドキュメンタリー映画として良くできていることの現れだ。そういう点で、やはり『人間機械』は稀有な作品なのだと思う。
(しげる)

【作品データ】
「人間機械」公式サイト
監督 ラーフル・ジャイン
7月21日より公開

STORY
インド北西部グジャラート州にある巨大な繊維工場に潜入したドキュメンタリー。過酷な工場労働に従事する出稼ぎ労働者たちの姿を淡々を追い、彼らが直面する過酷な現実を浮き彫りにする
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