厄介なドラマだなと思う。それぞれのシチュエーションがツギハギのように脈略なく切り替わり、正直言って追い切れない。
スキップしまくりの構成はストーリーをわかりづらくしている。
おそらく意図的なのだ。いつか点と点がつながり、それまでの悶々が一気に氷解しかねない。現時点では“抽象的”の一語だが、全体像が見えた後に振り返ると有意義なものへ昇華する可能性を含んでいる。

だけど、いつまで伏線を楽しんでればいいのか? 溜めが長い。思わせぶりの気配を匂わせながら、『高嶺の花』(日本テレビ系)は遂に第3話まで来てしまった。(関連)
「高嶺の花」溢れ出てしまった峯田和伸のリビドー。石原さとみは大丈夫だったのか、心配になるほど3話
石原さとみ写真集『encourage』宝島社

石原さとみ、キレる


このドラマは自転車店店主・風間直人(峯田和伸)を中心に据えて観たほうがわかりやすい。

野島伸司脚本には己が持つ考えや哲学が役に強く反映される。。だから、ときにセリフが長く、散文的になる。初回で「傷付けられたときに哀しむ人は、静かに時を止めて哀しむ“愛の人”」と説いた風間は、まるで坂本金八だった。

第3話でも、この傾向は踏襲された。スナック喫茶にあるボードを持ち出し、お得意のフリップ芸で“失恋からの立ち直り方”を解説する風間。
曰く、失恋を無理に忘れることはない。胸にぽっかり開いた穴(別れの痛み)は、元カレとのいい思い出を他人(風間)に話すことでコーティングしてしまえ。チョコレートでくるんであげるのだ。逃避と言えば聞こえは悪いが、風間の母・節子(十朱幸代)はそれで夫との死別を振り切った。
またしても、金八をカマした風間。正直、観ててイライラした。そして、月島もも(石原さとみ)も違う意味で苛立っていたよう。コップの水を風間にぶち撒けたのだ。

ももが苛立ったのは、風間が余裕だから。自分と風間はいい雰囲気になっている。なのに、なぜ元カレの話を聞いてくれようとするのか。嫉妬の感情は無いのか? 酒に走り泥酔したキャバ嬢モードのももは、風間に当たった。

「今度は私の話聞いてくれるの? 元カレとの物語! あんたの物語は? ぷーさん(風間)、あんたの物語はないの? 人の庭に垣根越えて水くれてやるって、随分上から目線だけど、あんた自身の庭はないのか? って話よ。てめえの庭はねえのかよっ。てめえの庭に花咲かせもしねえ奴が……」
この勢いのまま進めば2人は次のフェーズへ進めそうな気もするのに、今作はそのまま進まない。ツギハギのように場面転換しちゃうのだ。

今、このドラマで最も真意を掴みかねるのは、自転車日本一周を目指す引きこもり中学生とのやり取りだ。彼の存在は何かを暗喩している?
運転中に転倒した中学生は、パンクした自転車を放置してバスで帰るとブチ切れた。それを風間は許さない。LINEで説得を試みる。メッセージの内容は、やけに挑発的だ。煽ってると言ってもいい。
「家に戻って、また引きこもるのかい? 部屋と、コンビニだけの世界に」
「もしかしたら、外で自由な猫や鳥をねたむかもしれないね」
「自分の庭にタネをまこう いつか、きれいな花が咲くように」

泥酔したももに「てめえの庭に花を咲かせもしねえ奴」と言われた風間が、引きこもり中学生に「自分の庭にタネをまこう」とメッセージを送った。明らかに自分に言い聞かせているではないか。
過激な挑発、煽りは、己を鼓舞するためでもあった。

風間はももを植物園へデートに誘った。2人きりになった上で、あまりにも唐突に風間は自分語りを始める。親父が死んだ日から自分は傷ついたことがない。親父は絵に描いたような善人だった。
「人の悪口だけは言うな。口に出さなけりゃ、そのうち思わなくなる。そしたら、心にある池が透き通る」
そんなことを息子に説く親父だった。でも、自分は親父とは違う。風間は告白する。
「傷ついて憎んだんです、この世界の不条理を。大好きだった父さんを、突然奪われて。
なんで、俺の父さんなんだ? もっと、世の中、悪い奴たくさんいるじゃねえか……。なんで、俺の父さんなんだ! 俺の物語は、たぶんそこで終わったんです(泣)」

父親が死んでから傷ついたことのなかった風間が、ボロボロ涙を流している。即ち、それは自分の物語を生きているということ。自分の物語は終わったと言いながら、ももに話を聞いてもらうことで風間の物語は再度動き出したのだ。

ももは苛立っていた。自分は辛さを晒しているのに、風間は心を見せる素振りがない。でも、2人だけのデートで風間は物語を取り戻した。惹かれ、涙を浮かべ、キスをするのは自然な流れである。

風間の父親は花に詳しかった


風間の父親は、どのような亡くなり方をしたのか?

彼が父の死を語り始めた時、ももの反応は素っ気ないものだった。だが話が進むにつれ、もものテンションは次第に変わった。
「憎んだんです、この世界の不条理を」
「大好きだった父さんを、突然奪われた」
「なんで俺の父さんなんだ? もっと世の中、悪い奴たくさんいるじゃないか!」
ただの死じゃない。不条理で、「奪われた」と息子に感じさせる何かが父の死にはあった。そう察したから、ももは涙を浮かべて風間を抱き寄せた。
でも、どんな不条理があったのだろう?

風間の両親の馴れ初めが、筆者にはずっと引っかかっている。父から母への猛プッシュが始まりだったそうだ。
「毎週さぁ〜、似合わない花束持ってやって来んのよー。ずるいのよぉ。ほら、花ってどうしたって枯れるでしょ? その頃にまた、違う花束を抱えてさ(笑)。ハッハッハッハ」(節子)

枯れるスパンを把握できるほど、花に詳しかった父親。もしかして、華道を学んでいた? もっと言えば、月島家と関係があった?
野島伸司脚本の作品だ。いつか、ディープな暗さがやって来ると筆者は待ち構えている。伏線ばかりのドラマである。しかも、全く回収に向かおうとしない。ならば、これくらい大胆な予想をしてもいいだろう。

ももの父・市松(小日向文世)は、華道のためにももの婚約者にハニートラップ仕掛けるような男。
市松の非情と風間父の死が繋がっても不思議じゃない。市松は、取り分けキナ臭いのだ。匂ってくる。野島臭が匂ってくる。

野島伸司の世界観をマイルドにした峯田和伸のリビドー


どうしても触れなきゃいけないことが一つだけある。石原さとみと峯田和伸のキスシーンについて。

峯田は危険人物だ。筆者は彼が出ているからこそこのドラマを観ているが、そんな私でも石原を気にかけてしまう。石原は大丈夫なのか? 峯田は芝居に徹するのか?

自分の物語を語り、生き始めた風間を愛おしく思ったもも。風間の涙を拭き、唇を撫で、自ら口づけしに行った。
ここで、峯田がやってしまったのだ。リビドーが出てしまった。もも……というか石原さとみの唇が近づくや、無意識(?)に峯田は口を開けて“はむっ”。石原の唇を食べる体勢を作ってしまってる。ついさっきまで父の死を思い出しボロボロ泣いてた純朴青年が、何を迎えに行ってるんだっていう……。
超好意的に捉えれば「呆然としてるからこそ本能が出た」という演技プランだと弁護もできる。……いや、無理があった。“人生で一度も彼女無しの39歳男”による所業じゃない。風間じゃなくて峯田が出てる。奇しくも色濃くなり始めた野島の世界観を、峯田の世界観が中和した格好だ。峯田の過激な行動が、暗さへ向かう展開を幾分マイルドにしたのは皮肉じゃないか。

ももは追い詰められている。結婚は破綻し、幸せよりも芸術家としての脱皮を父に望まれた。全部、市松の思い通りの人生。泣きながら「誰か助けて」と取り乱すほど切羽詰まってる。
行くとこまで行って追い詰められると、峯田みたいな純粋で天然な人間に惹かれてしまうということだろうか? 改めて、峯田和伸の要注意人物っぷりを思い知った次第。
(寺西ジャジューカ)

『高嶺の花』
脚本:野島伸司
音楽:エルヴィス・プレスリー「ラブ・ミー・テンダー」
チーフ・プロデューサー:西憲彦
プロデューサー:松原浩、鈴木亜希乃、渡邉浩仁
演出:大塚恭司、狩山俊輔、岩崎マリエ
※各話、放送後にHuluにて配信中
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