ゆうきまさみ『究極超人あ~る』の実に31年ぶりの新刊となるコミックス10巻が8月10日に発売された(通常版と豪華BOXセットの2種同時発売)。2010年代に入ってから折にふれて描かれてきた短編を1冊にまとめたものだ。

31年ぶりの新刊発売『究極超人あ~る』とは一体何だったのか

まず、「31年ぶり」という数字がすごい。『あ~る』の連載が行われたのは1985年から87年にかけてのこと。1985年の31年前といえば『赤胴鈴之助』が人気を博していたりした時代である。

今回の『あ~る』のケースは2015年に18年ぶりの新刊が出た『孤独のグルメ』に近い。ただ、『孤独のグルメ』はドラマ化されてブームになったが、『あ~る』の場合は特に表立った動きもなく、コツコツと短編が発表されてきた。昨年、萩尾望都の名作『ポーの一族』の40年ぶり(!)の新刊が刊行されたが、『あ~る』も『ポーの一族』と同様に根強いカルト的な人気があるマンガと言うことができるだろう。


「文化部日常系マンガ」のルーツ


新刊である10巻の帯には「文化部日常系マンガのジャンルを切り拓いた名作」と書かれている。非常にわかりやすい説明だと思う。

ストーリーは春風高校の光画部(いわゆる写真部)に迷い込んできたアンドロイド、R・田中一郎と個性的な部員とOBたちが巻き起こす数々の騒動を描くというもの。学園コメディマンガではあるが、アクの強いギャグは少なく、ちょっとおかしな文化系クラブの日常生活を描くことに重点が置かれている。撮影旅行に行ったり、野球をしたり、学園祭で騒いだりと、日常的なイベントがメインなのだ(その中に非日常的な要素がぶちこまれているのだが)。10巻のお話もまったくその延長線上にあり、生徒会長選挙に乱入したり、部長選挙を行ったりと、相も変わらずの騒動を繰り広げている。ちなみに舞台は1987年のままだ。


連載が始まった85年当時、『あ~る』が連載されていた『週刊少年サンデー』で人気があったのは、あだち充『タッチ』、高橋留美子『うる星やつら』、村上もとか『六三四の剣』、吉田聡『ちょっとヨロシク!』などなど。『ジャンプ』『マガジン』に比べて、現実に近い設定のマンガが多かった当時の『サンデー』の中でも、文化系クラブを舞台にした『あ~る』は異色だった。軽音楽部の『けいおん!』、吹奏楽部の『響け!ユーフォニアム』、古典部の『氷菓』、ごらく部の『ゆるゆり』などなど、現在では文化系クラブを舞台にしたマンガ、アニメは枚挙に暇がない……というか、一大ジャンルになっているのだが、そのルーツとも言える作品が『あ~る』なのだ。

世の中には体育会系クラブでスポーツに熱中していた人たちと同じぐらいの数、あるいはそれ以上の数だけ、文化系クラブの活動に励んでいた人たちがいた。特にアニメ、特撮などが好きな「オタク」の存在がクローズアップされた時期と『あ~る』が連載されていた時期はシンクロしている。コミックマーケット(コミケ)の規模が爆発的に大きくなっていったのもちょうどこの頃だ。


『あ~る』は意識的にパロディを取り入れており、なかでもオタクが好きな特撮作品への言及が非常に多かった(ゴジラが最初に現れた「大戸島」がヒロインの苗字だったり、天本英世そっくりの登場人物がいたりする)。アニメ、マンガ、映画、プロレスなど、サブカルチャーのネタも多い。

『あ~る』を読んで、「ああ、これはおれたちのことだ」と思った人たち、あるいは「こんな生活を送ってみたい」と思った人たちも大勢いたと思う。「サンデー名作ミュージアム」の作品紹介には「連載開始と同時に、びっくりするほど話題を振りまいた歴史的名作」と記されているが、それぐらいオタク的なカルチャーに惹かれる文化系クラブの人々の共感を集めた作品だったのだ。

キーワードは「絵日記感」


『あ~る』の舞台となった練馬区の春風高校光画部は、都立板橋高校の光画部がモデルになっているが、もう一つ、東京・江古田にあった喫茶店「まんが画廊」が大きな影響を及ぼしている。同店はマンガ・アニメ好きが集まる喫茶店で、ゆうきまさみ、音楽ディレクターのとまとあき(板橋高校は彼の出身校)、声優の川村万梨阿、漫画家のしげの秀一らが集っていた。
ゆうきたちがこの店で行っていた「企画遊び」がその後、『機動警察パトレイバー』に発展したのは有名な話。

オタク話を交わしたり、一緒に遊んだり、仕事をしたり。まるで光画部のような喫茶店で青春時代を過ごしたゆうきは、同人誌を経て、アニメのパロディマンガでデビューする。『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』などのキャラクターが登場する作品群は、“イタコ漫画家”として知られる田中圭一が「こんなのありなの? ここまで似せていいの!?」と驚くほどだった(「わが生涯に一片のコマあり」より)。

もう一つ、アニパロマンガ時代のゆうきまさみの作品の特徴は「絵日記感」だ。実際、出渕裕、とり・みき、火浦功らの友人・知人が登場する「絵日記マンガ(エッセイマンガ)」を大量に描いていた。
当時、ゆうきが連載していた月刊『アニメック』の小牧雅伸編集長は「『ゆうきまさみ』は絵日記まんが家だという人は多いが、それは物事の半分しか言い表していない。(中略)無関係の人にも、この作品は面白いのである」と記している(『マジカルルシィ』所収)。

『あ~る』には、この絵日記感が色濃く受け継がれている。個性的な人たちが集まり、何かをするでもなくワチャワチャと遊んだり、騒動を起こしたり、どこへ出かけたり、何かをつくり上げたりする。非日常的な日常生活が絵日記のように描かれているのだ。後の『機動警察パトレイバー』や『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』などの作品は絵日記感が希薄である。


学園コメディマンガの形をしているが、実はあの当時たくさんいた文化系クラブの人たちの理想を描いた架空の「絵日記」――。『究極超人あ~る』がたくさんの人たちから共感を集めるのは、そんなところに秘密があるのかもしれない。
(大山くまお)