全米オープンテニスで優勝した大坂なおみ選手。
ブーイングが響く表彰式で、”I'm sorry it had to end like this."(こんな終わり方でごめんなさい)と言ったことが、日本人らしい行為だとして世界中で賞賛を呼んでいる。


アメリカ人は謝らない。日本人は空気を読んで謝る。
よく言われることだが、本当にそうなのか。
アメリカの大学院で応用言語学を学び、現在は青山の英語スクール「FORWARD」代表を務める石渡誠(いしわたまこと)さんに話を聞いた。
大坂なおみ「勝ってごめんなさい」は日本人的なのか?英語学校の先生に聞いた
「FORWARD」代表の石渡誠さん

”I'm sorry”が持つ2つの意味


──大坂なおみ選手の「ごめんなさい」発言に対してどう思われますか。

石渡 I'm sorryという言葉は、日本語と英語で微妙にニュアンスが異なります。英語の場合、意味が2つあるんです。
ひとつめは「同情」のsorry。「残念ですね」や「お悔やみ申し上げます」のときに使います。たとえば友人の猫が死んでしまったと聞いて、I'm sorryと返したり。それはかわいそうだね、と相手の気持ちに寄り添って言うんです。

──なるほど。謝罪とは違いますね。


石渡 そう、自分は悪くないというのがはっきりしている。だから「ごめんなさい」と直訳するとおかしなことになってしまいます。もうひとつのsorryは非常に深刻で、自分に罪があると認めた場合です。悪いことをして「申し訳ありません」と相手に謝るときに使います。

──それはどうやって見分けられますか。

石渡 ポイントは音です。
どういう言い方をしているかでsorryの程度がわかります。同じ謝罪の意味であっても、上がり調子で言ったら「あ、ごめんね」という軽い感じで。単純に文字だけではとらえられないですね。

──大坂選手の発言はどちらだったのでしょうか。

石渡 英語的に考えると、「こういう結果になってしまってすみません」です。それは、結果的にファンが期待していたものと違う決勝戦になってしまったから。
相手の罰則で勝ってしまって、いい試合にならなかった。セリーナ選手に同情しているわけでも、自分が悪いと思っているわけでもないのでは。でも、これは一般的な英語ネイティブスピーカーの答えではないですね。

「謝る」は日本の美学


──英語ネイティブなら普通は何と言うのですか。

石渡 おそらくI'm sorryという言葉はまず出てこない。同じような意図で謙譲的に言う場合であっても、通常はsorryではなくthank youを使います。「自分をこの場に立たせてくれてありがとう、みなさんのおかげです」とか。
感謝の気持ちをストレートに伝えて、周りを讃えながら自分の喜びを表現します。

──「日本人は謝りすぎる」と言われるのはそのせいでしょうか。

石渡 アプローチが違うんですよ。日本の場合、たとえ自分が悪くなくても、悪いと言うことでその後のコミュニケーションが円滑になる。周りとうまくやっていくためにまず自分を落とすのが、日本社会での一つの手段です。だからあの表彰式は「なぜ優勝した人がI'm sorryと言う必要があるのか」というのが前代未聞ですね。


──外国人には理解しにくい、日本人的なニュアンスだったと。

石渡 日本語として考えると、大坂選手自身は別に自分を責めているわけではありません。日本人がよく「すいません」と言うような感覚ですよね。ただ、英語であのように言ってしまうと、とてもシリアスに聞こえてしまう。コミュニケーションギャップです。観客は「この人は自分を深く責めて、落ち込んでいる」と受け取って、おどろいたことと思います。

──だから「アメリカ人は謝らない」なのですね。

石渡 特にアメリカでは、「自立しなければいけない」と教育されます。言い換えると、I'm sorryと言わない人生にしなければいけない、ということです。自分が悪いと言うような人生を歩むな、と。それは日本語での「他人に迷惑をかけるな」と同じことなのですが。アメリカでは、謝るというのは自分が未成熟で自立していないことの表れだとされています。とても極端な社会なんです。

sorryは思わぬトラブルの元


──日本人が英語で話すときは、sorryの使い方に気をつけないといけないですね。

石渡 日本人の場合、コミュニケーションをとるときにsorryから始めるケースが非常に多いです。プライベートならまだしも、ビジネスの場では注意が必要です。たとえばメールの返信が1日遅れただけで、はたして謝る必要があるのか。I'm sorryと言ったことが元で「あなたに非があったのでしょう」とトラブルに発展する場合もある。「待たせてごめんなさい」ではなく「待ってくれてありがとう」くらいが良いですね。

──では、大坂選手の表彰式でのスピーチは、英語的にあまり良いものではなかった?

石渡 いやいや、良いスピーチだったと個人的には思います。彼女は独特のパーソナリティがありますからね。発想もユニークだし。我が強くてsorryを言わないアメリカ人のカルチャーからすれば、とても新鮮で、今までにないプレイヤーだと思われているのでは。
(小村トリコ)