
テニスの全米オープンで4大大会シングルスの日本人初優勝を果たした大坂なおみ選手が、2018年9月12日に日本国内で記者会見を行ったところ、記者たちの質問のレベルが酷いとインターネット上で話題になっています。
どれほどのものか、早速私も新聞社がアップしていた記者会見動画を見てみましたが、約30分間見るのがとても苦痛でした。
「食べたいと言っていた抹茶アイスクリームは食べたのですか?」
「なおみブームの現状をどう受け止めていますか?」
「週末までに行ってみたいところはどこですか?」
「そのパールのイアリングは特別な想いがあるものですか?」
「インスタグラムに載せるためにどんな写真を撮りたいと思っていますか?」
「日本語でメッセージを伝えるとしたらどんな言葉ですか?」
「日本語でメッセージをお願いします」
「大事にされている日本語は何ですか?」
「日本語を学ぶ時はどのようにしていますか?」
もちろんありがちな感動ポルノ的な質問も
また、テニスに関係していても、以下のようにプレーやゲームそのものではなく、どこか感動ポルノに結び付けられそうなポイントでしか聞いていない点も、非常に強い違和感を覚えました。
「日本のファンの声は届いていましたか?」
「北海道の地震がプレーに与えた影響はありますか?」
「かけてもらって一番嬉しかった言葉はなんですか?」
たとえば、「決勝戦の試合中のターニングポイントはどこか」「試合運びが最も上手く行ったと感じた試合はどの試合か」「前回大会の反省を活かしたポイントはどこか」等、いくらでも聞くポイントはあるはずなのに、誰もそのような点を聞きません。
唯一、AFP通信という海外メディアだけが、「良い戦いができたが、決勝戦は残念だった感が残っているのではないか?優勝した後も楽しめたか?」と、ゲームや大会そのものについて聞いており、質問のまともさが際立っていたように思います。大坂選手もそれについてはしっかりと回答をしており、比較してみると、無関係の質問を連発する日本の記者が世界基準に達していない様子が痛いほど分かりました。
(※一部ではハフポストによるアイデンティティに関する質問も、テニスに関係の無い質問として批判の対象になっていましたが、人種問題とスポーツは切っても切れないテーマです。確かに聞き方にこそやや稚拙さがあり、大坂選手を混乱させてしまったものの、「アイデンティティ? 私は私」というバイレイシャルの選手をエンパワーメントするような素晴らしい回答を引き出したことは称賛に価すると思います)
外国人記者と並ぶからレベルの違いが浮き彫りになる
ですが、日本人記者のアスリートに対するインタビューのレベルが低過ぎる問題は、別に今に始まったことではありません。今までもこのような質問は、他の大活躍したアスリートたちにも散々飛ばされてきました。
今回インターネット上で批判の声が多くなっているのは、おそらく大坂選手がバイレイシャル(いわゆるハーフ)で、アメリカに拠点を置き、日本語をあまり話せないという側面があるからではないでしょうか。
つまり、これまでの大半の日本人選手は、日本にしかルーツが無い人がほとんどであるため、自国の記者の酷さを同じ記者会見で比較する機会があまりありません。それに対して、ダブルルーツの大坂選手はアメリカのレベルと日本のレベルを同じ記者会見の中で比較できてしまうわけです。実際、記者のレベルの差を大会前の記者会見を見た方が記事にしていました。
ここでも、日本人男性記者が「今日はきれいにメイクアップされていて美しいですが、そんなご自分を見てどう思われますか」という開いた口が塞がらないような質問をしたようですが、のこのこと外に出て行ってくだらない質問を投げかけるのは、本当に日本の恥でしかありません。
大坂選手が今後も日本人を続けるかは分からない
また、彼女が二重国籍だという面も非常に大きいと思います。今の日本の法律では22歳になるまでに二重国籍を解消せよと迫るものですが、その際、現在20歳の大坂選手がアメリカ国籍を選択する可能性も十分あります。
今でこそ日本の選手として登録している彼女ですが、日本のプレイヤーとしてテニスするよりも、アメリカのプレイヤーとしてテニスをしたほうがより高いパフォーマンスを発揮できると感じたら、もしかしたらアメリカ国籍を選択するかもしれません。それゆえ、「記者にこんな下らない質問ばかりされて、日本のことが嫌いになっちゃったらどうしよう…」という危惧が、ファンや一部の国民の中に生まれるのも当然でしょう。
むしろ人生の大半をアメリカで過ごしているわけで、彼女が日本を選択していることが奇跡としか思えないくらいです。これからも日本の選手として活躍して欲しいと願う人が「変な質問しないでくれよ!」という怒りの気持ちを強くするのももっともだと思います。
素人記者を生むジョブロテという因習
それにしてもなぜ、日本の記者たちはこのような下らない質問ばかりするのでしょうか? それには大きく2つの要因があると思っています。
まずは日本的人事慣行の問題です。一部大坂選手の過去の発言を記憶している記者もいましたが、大半の記者にテニスや大坂選手に関する予備知識があるようには感じませんでした。おそらく、テニスやゲームや大会についてほとんど知らない人ばかりのために、それに関する質問が彼等にはできないのでしょう。
なぜかと言えば、彼等はジェネラリストだからです。会社から数年でジョブローテーションを命じられるため、「テニス」や「大坂なおみ選手」を長期的に追いかける人がいません。常に素人で、ちょっと知識が増えても、また数年後には別の素人がやって来るだけ。それを延々と繰り返しています。
日本的人事慣行であるジョブローテーションは、社会が細分化・専門化する現代社会では、そのデメリットのほうが大きいことが散々指摘されていますが、いまだに慣行を守り続けている日本企業には唖然としてしまいます。
出る杭が怖いから身近な存在に落とそうとする
もう一つの理由は、視聴者側のレベルも低いからです。結局、日本の視聴者が、スポーツそのものの面白さやアスリートとしての魅力を欲しているのではなく、スポーツやアスリートを題材にしたドキュメンタリー番組を見たいのだと思います。つまり、スポーツそのものを楽しむのではなく、その背景にある「感動」を欲しいだけなので、記者も「うんうん、良い話だねぇ」となりそうなポイントばかりつまみ出そうとするわけです。
そしてアスリートに対するリスペクトが無いだけでなく、むしろ彼等をどこか「畏怖の対象」として見ているように感じます。その畏怖から生じる己の不安を抑えるために、彼等(特に女性アスリート)のことを必死に身近な存在に落とそうとしているからこそ、わざとこのような下らない質問をするのではないかと思うのです。
日本のエンタメ業界が、それまで遠い存在だった女性アイドルを「会いに行けるアイドル」として身近な存在に落とし込んだのも全く同じで、横並び意識の強い日本人ならではの「出る杭が怖いメンタリティー」なのかもしれません。
日本では女王・大坂なおみは生まれなかった
最後に、今の大坂選手を育てたのは間違いなくアメリカの良質なテニス環境です。日本人として彼女の活躍を誇りに思っても良いと思うのですが、おそらく彼女が日本に住み続けていたら、今のようなスーパープレイヤーにはなれなかった可能性が高いと思います。
政治や経済を牛耳る男性社会の住人たちが大坂選手を持ち上げようとして擦り寄り、メディアも「日本スゲー」のムーブメントにつなげようとすることは目に見えていますが、そういう結果だけつまみ食いすることは、とても醜いと思います。
「大坂選手は日本の子供たちにも夢を与えた!」というのであれば、その子供たちが夢を実現できるような環境を作る必要があるのではないでしょうか? 良質なトレーニング環境を整備し、優秀な人材がそれにアクセスしやすくし、下らない精神論からの脱却し、●●協会の古い体質に大鉈を振るい、下らない質問を記者会見から一掃する等、やるべきことはいくらでもあるはずです。
(勝部元気)