悪鬼の形相で叫ぶ松本まりかに度肝を抜かれた『健康で文化的な最低限度の生活』。18日に放送された最終回は、松本まりか扮する子どもよりカネと男を優先するモンスターネグレクトマザーと、義経えみる(吉岡里帆)ら生活保護課の面々が対峙した。
最終回の視聴率は5.8%。だが、制作した関西テレビで放送された関西地区では10.2%の視聴率をマークしている。これは大阪府、大阪市の人口1000人あたりの生活保護受給者(保護率)が全国の中でかなり高いほうだという事実と関係あるのかもしれない(日本経済新聞 7月30日)。

彼氏大暴れ! 生活保護課は戦場だ
義経えみる(吉岡里帆)が担当する生活保護受給者・丸山幸子(小野和子)の孫・ハルカ(永岡心花)は、1週間以上母親の梓(松本まりか)に放置されていた。児童虐待の疑いがあるとして、ハルカは児童相談所で保護され、音信不通のままだった梓への生活保護費は窓口支給に切り替えられる。役所に乗り込んできたときに話し合おうというえみるたちの作戦だった。
えみるは、とっととお金だけもらって退散しようとする梓と彼氏(渋谷謙人)を引き止める。梓がえみるに突き出した預金通帳の残額は1372円だった。もらった分はきっちり使い切るらしい。きっと借金もあるのだろう。梓たちはハルカのことを1ミリも心配していなかったが、えみるにハルカのことを持ち出されると、急に態度を変える。
「ちょっと待って。ハルカ、どこにいるの? どこにいるのよ!」(「どこにいるのよ!」が10倍ぐらいのボリューム)
京極係長(田中圭)が冷静に児童相談所で保護されていることを告げるが、梓は虐待しているという自覚が一カケラもなかった。
生活状況が把握できない以上、生活保護費は支給できないと告げると、彼氏が逆上して暴れるが、京極と半田によってあっさり壁際に押し込まれる。田中圭と井浦新って強そうに見えなくても実際はめちゃくちゃ強そう。もちろん警察が呼ばれて彼氏は御用となったわけだが、生活保護課って大変な職場ですよね、本当に……。
虐待されても子どもは親が好き
えみるたちはハルカを児童相談所から児童養護施設に移すか、親元に返すかの二択を迫られていた。施設に行かせるには法律上、親の同意が必要になる。
えみるはハルカを親元に返すのは危険だと考えていたし、栗橋(川栄李奈)も七条(山田裕貴)も同じ意見だ。しかし、そのためには問題の元凶である梓を説得しなければならない。だが、梓は強硬にハルカの養護施設への入所を拒絶していた。
生活保護費をもらうために必死で「お金だけでもください」と本音を漏らした梓を、えみるは「親としてもっとハルカちゃんのこと、考えてあげてほしいです」と叱責する。梓はブチ切れる……かと思いきや、反論はしなかった模様。帰ってきた彼氏は梓にキレて、「カネもらったら連絡して」と言い捨てて出ていく。
その後、梓は擁護施設入所の同意書にサインして提出する。喜ぶえみるたちだが、肝心のハルカは親の元へ帰りたいと思っていた。
「ハルカちゃんのこと、守りたいから」
「私はお母さんに会いたい」
児童養護施設の桑田(峯村リエ)の「ここに来た子は、親からどんなにひどいことをされても、お父さん、お母さんに会いたい、って言うんです」という言葉が重い。子どもの虐待事件が報道されると胸が痛くなるが、何より胸が痛くなるのは虐待を受けた子どもたちが自分を虐待した親のことが好きで好きでたまらないということだ。
こうやって日本の人口は減っていく
元生活保護利用者の阿久沢(遠藤憲一)の娘・麻里(阿部純子)は妊娠していたが、借金まみれのため、出産には後ろ向きだった。彼女はケースワーカーを嫌悪していた。かつて病気がちだった母親と一緒に生活保護を申請しに行ったにもかかわらず、窓口でさまざまな理由をつけられて、あきらめた経緯があったからだ。
「あんな貧しい思い、この子にはさせたくない。だからやっぱり産まないほうがいいんだと思う」
麻里の想いは切実だ。
アオヤギ食堂の青柳(徳永えり)から事情を聞いた半田は、麻里に会わせてほしいと頼む。半田は若い頃、妊娠中の生活保護利用者に出産を勧めたが、その利用者が幼児虐待事件を起こして逮捕されてしまったという過去を持っていた。
「私たちの向き合う人々には、それぞれの事情、それぞれの人生があります。当時の私には気づくことができませんでした」
半田の言葉を聞いて、えみるは「それぞれの人生」に思いを馳せる。自分が担当する梓にも歩んできた人生があるはずだ。それを知ることで、彼女の生活や感情、気持ちが理解できるかもしれない。
梓の母親(ハルカの祖母)・和子はシングルマザーで家庭を顧みず、梓は13歳で児童相談所に保護された後、児童養護施設に入所したという過去があった。虐待と貧困は連鎖していたのだ。
「弱い人」にもそれぞれの人生がある
そんな折、ハルカは児童養護施設から抜け出した。梓に会うために自宅に帰ろうとしたのだ。
「どうせ、あたしなんて母親失格だってわかってるし」
「だってあたし、幸せって何かわかんないから」
梓は生きる気力を失っていた。これは生活保護利用者にとって、もっとも厄介な問題だ。
このドラマは、生活保護を受けることをゴールにするのではなく、生活保護利用者が前向きに生きる気力を得ることを常に課題として設定してきた。自暴自棄になっていた欣也(吉村界人)は再びバイトとバンドを始め、うつ病のシングルマザー・朋美(安達祐実)は精神科の受診を決断した。父親から性的虐待を受けていた島岡(佐野岳)は生活保護によって一人で生活することができるようになったし、識字障害があった中林(池田鉄洋)は就労意欲に目覚めた。アルコール依存症の赤嶺(音尾琢真)は自助グループに通うようになった。今はダメでも、少しでもましになろうとする気持ちがあれば、人生はやり直せる。その助けになるのが生活保護だということを繰り返し描いてきた。「生活保護を受けてこそ、守られる命もあるんです」という半田の言葉のとおりだ。
母親としてハルカと一緒に新しい生活を営んでほしい。そのための相談には何だって乗るとえみるは涙ながらに語りかける。
「弱い人に寄り添う」と言うのは簡単だが、その「弱い人」もさまざまだ。怠け者もいれば、空回りしてしまう人もいる。悪いことを考えているヤツさえいる。それぞれの人生があり、それぞれの気持ちがあるので、簡単に「弱い人」とラベリングできない。生活保護のケースワーカーたちは、彼ら一人ひとりを知り、長く付き合うことが必要になる。それも自転車に象徴されるように、すべては彼らの手作業、マンパワーに委ねられえているのだ。京極係長の言うとおり、たまには福祉にも予算を割いてもらわないとね。
このドラマは主人公のえみるたちが新人時代からの姿を描いてきたが、ようやく彼らも経験を積み、チームプレイができるようになってきた。
(大山くまお)
【作品データ】
「健康で文化的な最低限度の生活」(フジテレビ系列)
原作:柏木ハルコ(小学館刊)
脚本:矢島弘一、岸本鮎佳
演出:本橋圭太、小野浩司
音楽:fox capture plan
プロデュース - 米田孝(カンテレ)、遠田孝一、本郷達也、木曽貴美子(MMJ)
制作協力:MMJ
製作著作:カンテレ