「ここで命を守れなければ、生活保護は一体何のためにあるのか」

柏木ハルコ原作、吉岡里帆主演の『健康で文化的な最低限度の生活』。新人ケースワーカーの目を通して、生活保護の実態を描く。


先週放送された第6話は、第5話の解決編。相変わらず視聴率は低いが、生活保護について知るために見る価値があるドラマだと思う。だって、誰だって生活保護を受けることになる可能性があるのだから。
「健康で文化的な最低限度の生活」まさか実父から息子への…家族が敵になった時、生活保護が最後の味方6話
イラスト/まつもとりえこ

田中圭、難問に直面する


島岡光(佐野岳)という青年が生活保護の受給を申請しに来た。生活保護課の京極係長(田中圭)は担当者のえみる(吉岡里帆)に「扶養照会」を指示する。

「扶養照会」とは生活保護申請者の親族に援助できるかを確認することで、援助できる親族がいれば援助を優先して受けることになる。しかし、実際に扶養照会しても「扶養します」と返ってくることはごくわずかで、法的な強制力もない。
大病院の院長をしている島岡の父・雷(あずま/小市慢太郎)は扶養と保護を申し出るが、島岡は父との接触を完全に拒絶。えみるが父を伴って面会に行くと、錯乱状態になって自殺未遂を起こす。

「けど、父親に会いたないいうだけで、自殺未遂します? 大の大人が」

ケースワーカーの石橋(内場勝則)の言葉はひどく無神経だ。人にはそれぞれ事情がある。島岡父は心療内科に入院した島岡の所在を探ろうとする。

「息子がケガしてるんですよね? 私は親なんですよ! この期に及んで個人情報ですか? 勘弁してくださいよ。
言いなさい。病院はどこだ!」

やっぱり「雷(あずま)」という名前は「雷親父」という意味なんだろうか? 区役所に乗り込んできたときの効果音は「ズシャーン(×2)」だった。まさに怪獣だ。

「息子を甘やかすのをやめていただきたい」と相変わらず問題をすり替え、矮小化する島岡父。今回の件で一番動揺していたのは京極だった。えみるに代わって島岡父を追い返したものの、ケースワーカーの半田(井浦新)に「扶養照会は時期尚早だったのでは?」と問われると、言葉少なにうつむいてしまう。
生活課の課長に「私が最後まで責任をもって対応します」と頭を下げるときも、えみるをかばうためというより、本当に自分が責任を感じているような思いつめた表情だった。

父親から息子への性的虐待……


生活課の面々は島岡親子の関係をあらためて深く考え、虐待があったのではと推測する。半田が「虐待」と口にしたとき、新人ケースワーカーののえみると桃浜(水上京香)が同時に「え?」という顔をするが、幸せな親子関係を築いてきた人にとって身近に虐待が存在することは難しいのだろう。また、もし島岡が女性だったら、えみるたちももう少し慎重な姿勢をとったかもしれない。

石橋と七条(山田裕貴)は遠回しに何も語らない島岡を責める。扶養照会をしないまま生活保護の受給を決定してもいいのか? それなら誰でも受給できてしまうのではないか? そんな彼らに半田は言う。

「ただ、一つだけたしかなことは、どんな事情を抱えていたにせよ、生活保護を申請してきたということです。
彼は少なくとも一回は彼なりに生きようと試みました。生きようと決心したからこそ、この窓口に助けを求めに来た。そうは思いませんか?」

男性に触れられると暴れる島岡――これは重要な伏線だった。島岡のPTSDの原因は父親の性的虐待だったのだ。島岡父は、島岡が8歳の頃から中学を卒業するまで、「お仕置き」と称して性行為を行っていた。

この役を引き受けた小市慢太郎はエラいと思う。
また、佐野岳は今クールの『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』で性犯罪者を演じていたが、今回は真逆の役柄を演じたことになる。佐野の役者魂もすさまじい。

島岡の主治医は、父親と縁を切って治療を受けるべきだと断言する。京極は島岡に頭を下げ、「光さんの命を守る」と約束する。結局、島岡の生活保護受給が決定する。

成長ストーリーと現実の問題の壁


一方、えみるは自責の念に駆られていた。彼女はケースワーカーになって数ヶ月で担当している利用者の自殺と利用希望者の自殺未遂に遭遇したことになる。
阿久沢(遠藤憲一)や欣也(吉村界人)など、最終的には丸く収まったものの途中で相手の心を傷つけたこともあった。

「もう無理です!」と京極に思いつめた様子で声をあげるえみる。半田に「頑張ってると思いますよ」と優しく声をかけられると思わず無言で涙をこぼす。なんだかこのドラマの低視聴率に苦しむ吉岡里帆自身の姿に重なってしまう。いや、吉岡さんは頑張ってると思いますよ……?(混同)

このドラマは生活保護の実態を描くものだが、同時に主人公たちの成長ストーリーでもある。言い換えれば、重い現実に直面する主人公たちがあまりにも無力だ。先輩ケースワーカーたちも万能ではなく、視聴者にとってはフラストレーションがたまる展開が続くことになる。

近年、人気のドラマは異常に問題処理能力が高い主人公がいるものばかりだ。『相棒』、『半沢直樹』、『ドクターX ~外科医・大門未知子~』などなど……。『コード・ブルー』のような成長物語もあるが、やっぱり主人公は能力が高い。スカッとした展開を望みがちの現代の視聴者に対して、「成長ストーリー(主人公の能力)」と「現実の問題の壁」のバランスをとるのは非常に難しい問題だと感じる。

自分以外の家族のことはわからない


島岡が入院している閉鎖病棟に、島岡父が侵入した! 京極の名刺を使って面会制限を突破し、医師の静止を振り切って病室に入ろうとしたのだ。えみるは島岡父の足にとりすがって叫ぶ。

「親子だって何だって、しちゃいけないことってあると思いますよ!」

彼女に今できることはこれぐらいのことだ。凄絶な職業である。

結局、島岡父を撃退したのは駆けつけた京極な強硬な態度だった。えみるは自分の言葉で島岡に謝罪し、頭を下げる。それができる人ってすごいと思うよ。

親子といえば、もう一つ、えみるの同僚ケースワーカー、桃浜が担当する案件も描かれていた。生活保護を申請した女性(広岡由里子)の息子に扶養照会をしたところ、「あの人が死んでも連絡を寄越さないでください」と返事が来たのだ。この言葉は重い。

前回のレビューでも書いたが、「親子の絆は変わらない」「親子だから大丈夫」という言葉はすべてまやかしに過ぎない。長い年月をかけて愛情を注ぎ、相手のことを思いやり、行動に移すことで「親子の絆」は醸成されていくものである。

桃浜は「私、家族の絆は絶対だと思っていた」とこぼす。彼女は自分の誤りに気づき、衝撃を受けていた。それを聞いた栗橋(川栄李奈)はこう答える。

「自分以外の家族のことって、実は見えていないことが多いのかもしれない。だから、簡単には理解できないんじゃないか」

家族の形は一つではないし、血縁がすべてではないということは近年のドラマや映画で繰り返し描かれている。家族は最大の味方であるべきだと思うが、そうではないケースも多いということだ。では、家族が敵になり、社会にも適応できない人に、誰が味方になるというのか? それが生活保護というシステムであり、利用者を支援するケースワーカーということになるのだろう。えみるの最後の言葉がそれを表している。

「私たち、島岡さんの味方でいますから」

今夜放送の第7話は優等生の川栄李奈が難問に直面する。
(大山くまお)

「健康で文化的な最低限度の生活」(フジテレビ系列)
原作:柏木ハルコ(小学館刊)
脚本:矢島弘一、岸本鮎佳
演出:本橋圭太、小野浩司
音楽:fox capture plan
プロデュース - 米田孝(カンテレ)、遠田孝一、本郷達也、木曽貴美子(MMJ)
制作協力:MMJ
製作著作:カンテレ