プロレスをテーマにした映画『パパはわるものチャンピオン』の公開が始まった。主演は新日本プロレスの棚橋弘至。
41歳ながら今年の「G1 CLIMAX」で優勝を遂げた“100年に1人の逸材”だ。木村佳乃、寺田心、仲里依紗、大泉洋、そして新日本プロレスのレスラー陣が脇を固める。原作は板橋雅弘・作、吉田尚令・画の絵本『パパのしごとはわるものです』『パパはわるものチャンピオン』。
棚橋弘至主演「パパはわるものチャンピオン」中島らもの名作との違いのカギは「ガチンコ」か「シュート」か

棚橋弘至が演じる主人公・大村孝志は、かつてプロレスの世界でトップまで上り詰めたものの、ケガでその座を失い、ベテランとなった現在は悪役レスラー“ゴキブリマスク”としてリングに立つ。凶器攻撃やタッグパートナーの“ギンバエマスク”との悪の連携など、反則攻撃が得意技だ。もちろん、プロレス会場はブーイングの嵐。


9歳の息子(寺田心)に自分の仕事をどうしても明かすことができなかった孝志だが、父親の仕事を知りたがっていた息子に悪役レスラーであることがバレてしまう。ショックを受けた息子に「わるもののパパなんて大嫌いだ」と言われた孝志は一念発起し、「Z1 CLIMAX」で突如マスクを外して素顔で勝負に出るが、勝手なことをしたとして会社からクビを宣告されてしまう。

そんな主人公に手を差し伸べたのが、絶対的なエース、ドラゴン・ジョージ(オカダ・カズチカ)。かつて憧れていた孝志をタイトルマッチの相手に指名したのだ。孝志は息子との絆を取り戻すために、勝ち目のない戦いに挑む。

イキイキしすぎて劇団員と間違えられた田口隆祐


新日本プロレスのプロレスラーが大挙して出演しているのが大きな見どころの一つ。棚橋、オカダをはじめ、ギンバエマスク役をイキイキと好演しすぎて木村佳乃にどこかの劇団員だと間違えられた田口隆祐、パワフルな悪役レスラー役の真壁刀義(役名はスイートゴリラ丸山)のほか、天山広吉、小島聡、永田裕志、中西学、KUSHIDA、後藤洋央紀、石井智宏、矢野通、YOSHI-HASHIらが総登場。
人気レスラーの内藤哲也も高橋ヒロムと一緒に意外なシーンで顔を見せる。

つまり、作品に登場するプロレスシーンはすべて本物だ。クライマックスの棚橋とオカダをはじめ、新日本プロレスのレスラーたちがスクリーンいっぱいに迫力ある肉弾戦を繰り広げる。棚橋ファン、新日本プロレスファンなら間違いなく楽しめるだろう。

では、すれっからしのプロレスファンにとってはどうだろうか? これが実は楽しめるのだ。

『お父さんのバックドロップ』との類似点


『パパはわるものチャンピオン』のあらすじを聞いて、ある作品のタイトルが脳裏に浮かぶ古くからのプロレスファン、あるいはサブカルチャー好きも少なくないだろう。

それが、中島らもの小説『お父さんのバックドロップ』だ。
悪役レスラーの父親とそれを嫌う息子の話で、ラストはやはり主人公が勝ち目のない戦いに挑む。04年に映画化されたときには父親役を宇梶剛士、息子役を子役だった神木隆之介が演じた。なお、この作品には大日本プロレスのレスラーたちが出演している。

あらすじは非常に似ているのだが、作品のタッチはポップな『パパはわるものチャンピオン』とオフビートな『お父さんのバックドロップ』と大きく異なる。もっとも大きな違いは「ガチンコ(真剣勝負)」「シュート(ガチンコの類語)」という概念の有無だ。

『お父さんのバックドロップ』では、さりげなくプロレス業界の内幕が描かれていた。
そして一念発起した父親が臨むのは、最強の空手家との異種格闘技戦だ。挑戦を発表した主人公に、プロレス団体の社長(生瀬勝久)がセメント(ガチンコと同義)だからやめておけと忠告するシーンがあった。普段は反則ばかりの悪役を演じていた主人公が、シュートマッチにおけるプロレスラーの強さを発揮して、息子に父親としての威厳を示す。このあたりはプロレスへの愛情が強い一方、格闘技をこよなく愛した中島らもらしい展開だと言えるだろう。

一方、『パパはわるものチャンピオン』では、プロレスラーたちの普段の生活やプロレス団体の内部の様子が描かれるが、ミッキー・ローク主演の『レスラー』のような、あからさまな暴露は一切ない。業界の盟主・新日本プロレスが全面協力しているのだから、当たり前といえば当たり前だ。


『パパはわるものチャンピオン』で主人公が挑むのは、あくまでもプロレス。プロレスの試合の勝敗は選手の強さによって決まり、「ガチンコ」も「シュート」ない。プロレスはすべて真剣勝負なのだ。

棚橋弘至が提唱する「プロレスは競技」


棚橋弘至はかねてから「プロレスは競技」と言い続けている。つまり、「技を競い合うところもあるし、ちゃんとルールもあるし、スリーカウント取れば勝ち。ギブアップ獲れば勝ち」。
昔から根強い「どうせプロレスだろ?」という見方を覆すものだ。「エンタメ」の一言ですべて割り切ってしまわない態度でもある。これは『パパはわるものチャンピオン』で描かれるプロレスとまったく同じ。この映画には、新日本プロレスが考える「プロレスをどう見てほしいか」がくっきりと表れている。

棚橋は「プロレスは競技」という定義について、「プロレスっていうものを社会的に認知してもらうための一個一個の階段」と説明していた。彼は今回の映画に主演した動機を「プロレスを広めるためにプロモーションやってきた中で、映画という機会に恵まれたと思っています。映画から(プロレスの)さらなる広がりを期待しています」と語っている。プロレスをテーマにしているが、映画はプロレスファン以外の多くの人の目に触れる可能性がきわめて高い(作品そのものは見なくてもプロモーションなどで認知する人も多い)。棚橋はこう言い切る。「目標としているのは野球、サッカーだったり、国民的なスポーツなので」。

『パパはわるものチャンピオン』は、新日本プロレスファンはもちろん楽しめるし、壊れかけた親子の絆の再生、40歳を超えたロートルの再起などのテーマが中心にあるので、幅広い層がこの作品を楽しむことができるだろう。すれっからしのプロレスファンは「現在の新日本プロレスが考えるプロレスの形」を知るというひねくれた楽しみ方もすることができる。『お父さんとのバックドロップ』との類似を指摘する人は、両者の差異を見つけるのも楽しいだろう。
(大山くまお)

【作品データ】
『パパはわるものチャンピオン』
監督・脚本:藤村享平
出演:棚橋弘至、木村佳乃、寺田心、仲里依紗、オカダ・カズチカ、田口隆祐、大泉洋、大谷亮平、寺脇康文
9月21日より全国ロードショー