第26週「幸せになりたい!」第152回 9月25日(火)放送より
脚本:北川悦吏子 演出:田中健二

半分、青い。 メモリアルブック
152話はこんな話
学校でいじめに合いはじめたカンちゃん(山崎莉里那)に転校をすすめる鈴愛(永野芽郁)。
その日、カンちゃんはふいに家から出ていってしまう。
逃げてもいい
「あなたは逃げるのではない。正しい場所に行くんです」
「する必要のない闘いです。だから場所を変える。手っ取り早い」
「20年後には必ず笑い話 というか 感性の豊かな子なんだと自慢にさえなります」
震災の精神的不安からしてしまったおねしょによってクラスメイトのいじめにあったカンちゃんに、鈴愛は毅然と転校を提案する。
鈴愛の考え方は近年、日本人の心を救った「逃げるは恥だが役に立つ」的な考えをさらに「逃げるのではない」「場所を変える」にアップデート(というのかな)したもの。
もっと前だと「逃げちゃダメだ」だったが、「逃げてもいい」という言葉がどれだけ我々を楽にしたことか。
「逃げではない」になったらもっと楽かも。
思えば、鈴愛は、こうやって、うまくいかなくなると場所を変えて来た。
ちょっと深読みすると、震災の時期、その場に残った人、避難した人たち、それぞれの選択があったことを思い出す。いじめというのも、風評以外をはじめとする様々な疑心暗鬼の隠喩とも考えられないこともない。
もしそうだとしたら、最終週に駆け込みで盛り込めるようなテーマではなく、じっくり取り込んでいただきたいと思うわけだが、いやいや、このドラマはそもそも片耳失聴のハンディキャップを抱えた人物が主人公で、最初から世界中に存在するあらゆる偏見にいかに向き合うかについて描いてきたのと返されるかもしれない。
あくまで勝手な想像だが、もしそうだとしてもそうでなくてもカンちゃんの台詞を使わせていただきたい。
「半分わかった」
やり直さないか
ママの励ましに「半分わかった」と応えたものの、カンちゃんは鈴愛が買い物に出たすきに家出してしまう。
まず向かった先は、律(佐藤健)の家。
だが笛吹けど彼は留守で、次に行った先は三おば(キムラ緑子、麻生祐未、須藤理彩)の家。
そして、ついに涼次(間宮祥太朗)とカンちゃんは再会する。
ひしと抱き合うふたりを見て、個人的には、涼次とカンちゃんの関係、好きだなあと思う。私がカンちゃんだったら涼次にこっそり会いに行ってる気がする。
カンちゃんは、廉子、晴、鈴愛と代々受け継がれている高価な梟のブローチを、助けてくれた灯ちゃんにあげたいと思っていた。
その頃、鈴愛は律に相談している。
律は、カンちゃんが、来ましたという証拠にマグマ大使の笛を置いてきたことを挙げ、「律でもよかった。もっと言えば一番は律やったってことやないのか」と自画自賛する。
冗談言って鈴愛を和ませようとしただけと思うが、一瞬、なんでここで張り合うの!と思ってしまった。
その笛を鈴愛に返し忘れる律。
「もういらなかったりして」で、つづく。
律の不安は半分、当たっていて、カンちゃんを迎えに行った鈴愛は涼次に「やり直さないか」と持ちかけられていた。カンちゃんの生きる場所を変えようとしている最適なタイミングである。
心の基盤を失って震災婚、震災復縁などなど、当時はありました。
鈴愛も心が揺れるでしょう。
元夫と復縁するか、はたまた律を選ぶのか。震災は別として、連ドラの恋愛ものの最終回直前回によくある流れです。
人生、いろいろ。重なるときは重なるものとはいいますが、震災、ユーコと連絡とれない、カンちゃんが不安定、再婚に揺れる心・・・といろいろあり過ぎます。
鈴愛がてんてこ舞いの間、ボクテは仙台に連絡をとって様子を聞いて、それを鈴愛にも報告している。
漫画執筆も落ち着かない時期であったと思いますし、彼にも大切な人がいるでしょうから、その人が無事で支え合っているにしても今後のことを思うと精神的には不安定でしょう。こんなとき漫画は役に立つのかと悩んだかもしれません(すべて勝手な想像ですが)。
ユーコは心配だけどわざと明るく「秋風塾だよ!」とメールするも、鈴愛はユーコが心配過ぎて反応は「秋風塾ってなんや」、返事は「了解しました」。
塞ぐ気持ちはわかるものの、ボクテに「ありがと。引き続きよろしく」とか返してもいいんじゃないかと私なんかは思います。ていうか、鈴愛だったら、矢も盾もたまらず仙台に行く!とか言って止められそうだけれど、
それはまだ先にとってあるのかな。
あと4回!
(木俣冬)