デビュー曲「夏の日の1993」がCD累計販売数115.5万枚(オリコン調べ)、公称170万枚という大ヒットとなった男性デュオグループのclass。筆者がこの曲を知ったのも商店内のBGMとして流れる有線放送がキッカケだった。


爽やかなメロディ、そして「ナインティナイスリー(1993)」という耳心地の良いフレーズ。この曲の良さは1度でも聴けば十分伝わるものだった。
class『夏の日の1993』の歌詞、男女で解釈が違うワケを紐解く
『夏の日の1993』 画像はAmazonより


不穏な関連キーワードの影


ある日、ふと思い出して「夏の日の1993」をGoogle検索してみたところ、関連ワードに想像もしなかったキーワードが表示されていた。
「夏の日の1993 歌詞 ひどい」。
より深く調べてみると、どうやらこの曲の歌詞に不満を持っている女性が思いのほか多いらしいのだ。

男性目線と女性目線の違い


この曲を要約すると、「長いこと一緒にいた友人女性に突然恋をしてしまった」という“これから始まる恋愛物語の始まりを予感させる歌”だと思っていた。しかしそれは、どうやら筆者が男性だからなのかもしれない。女性目線からみると、この曲の歌詞にはツッコミどころが多いのだという。
女性目線で歌詞を噛み砕くとこうだ。

「服の上からだと全く想像できなかったけど、水着になるとすごくいい身体してるね、別人みたいだ。僕には合わないと思ってたけど違うみたい。好きだわ!」

ざっくりいうと、下心を恋心と勘違いしているんじゃないのかと。とにかく失礼なヤツだと。多くの女性がそう感じていたようで驚いた。


確かに男性目線だと、付き合いが長い恋愛対象外(なはず)の女性であっても、実は“脱いだら凄かった”ことを知ったら、確実に目を奪われてしまうだろう。それが下心であれ恋心の勘違いであれ、始まりとするには十分なシチュエーションである。男性に理想の恋の始まりのシチュエーションを尋ねたら、トップ5に食い込んでもおかしくない。

男性は「合わない人」だと思っていても、少し態度やシチュエーションが変わっただけでコロッと感情まで変わってしまう生き物だ。そんな男心が素直に出ている歌詞だからこそ、同じ男性目線では歌詞がひどいという印象を持てなかったのかもしれない。そして、メロディの爽やかさもそんなイヤラシさをうまくかき消すのに一役買っている。


25年が経過して、“男性”から恋とは無縁な“ただのおっさん”と化した筆者が改めてその歌詞を眺めてみると、確かに男性的で即物的な歌詞だ。女性の気持ちになってみると、それが恋の始まりの理由としてはちょっとひどいというのもうなずける。男性が女性の気持ちを理解できるようになるには、四半世紀近い歳月がかかるのだということがわかった。


アンサーソング「冬の日の2009」


class『夏の日の1993』の歌詞、男女で解釈が違うワケを紐解く
『冬の日の2009』 画像はAmazonより

同曲で突然始まった恋心はどんな結末を迎えたのか。その答えは2008年12月3日にリリースされた「冬の日の2009」で綴られている。

誕生日プレゼントに指輪を用意している様子や、見慣れた笑顔にときめいている様子から、あの夏から長いこと連れ添ってきたことがわかる。
彼らは無事結ばれていたのだ。

水着にならなかったら彼女の魅力に気づけず、合わないとすら思っていた彼が、あれから16年が経った2009年、寒い冬用の服を着ていても彼女の魅力を理解しているほどに成長している。彼の恋は、紆余曲折を経て確かな愛へと変わっていったのだ。

男とは女に学ぶ生き物だ。1993年から2009年の間に、彼は彼女を愛するまでに成長していた。だから、当時の歌詞に気分を害してしまった女性のみなさん、どうか許してあげてはくれまいか。
今も昔も変わらぬその爽やかなメロディに免じて。

(空閑叉京/HEW)