野木亜紀子の脚本によるNHK総合の土曜ドラマ「フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話」は、10月20日の前編に続き、27日に後編が放送された。
北川景子「フェイクニュース」副題「どこか遠くの戦争」を突きつけた後編。それはネット炎上具現化なのか
「フェイクニュース」で、北川景子演じるネットニュース記者は、元同僚の新聞記者とともに元官僚の不正を暴こうとする。その姿は、映画「大統領の陰謀」で大統領の不正を暴く実在の米紙記者コンビを思い起こさせたが、ドラマは意外な結末を迎える

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取材対象と同じ境遇に陥ったネット記者


前編では、主人公でネットニュースの記者である東雲樹(北川景子)が、カップうどんに青虫が入っていたとネットで告発した菓子メーカーの社員・猿滑(光石研)を追いかけてきた。何者かにフェイクニュースを吹きこまれて行動をエスカレートさせた猿滑は、やがてそれが原因で勤務先に損害をもたらし、ネットでは素性をさらされ、本来の告発も疑われるはめに陥る。
後編は、激しいバッシングを受け、家庭も崩壊に追いこまれた彼が、妻子と別れて家を出るシーンから始まった。

皮肉なことに東雲もまた、猿滑と同じ境遇に陥る。すでに「青虫うどん事件」を報じるなかで、ネット上でバッシングされ、名前と顔もさらされていた。東雲は、猿滑を煽る記事を書いた自分にも責任の一端があるとして、追加取材をして、彼にフェイクニュースを吹きこんだ者を突きとめたいと編集長の宇佐美(新井浩文)に申し出る。しかし宇佐美は難色を示し、どうしても取材を続けたいのなら、青虫うどん事件関連の事件を毎日1本書けと条件をつけた。まだバッシングの続く東雲の名前を出して記事をあげれば、中身が何であれ、PV数を稼げるというのがその理由だ。

東雲は、猿滑にフェイクニュースを吹きこんだ人物を探す過程で、新聞記者時代の同僚の西(永山絢斗)から、目下、県知事選に出馬していた元官僚の最上(杉本哲太)の利権がらみの不正を匂わせる情報を得ていた。最上は、東雲が新聞記者だったころ、取材中にセクハラを受けた因縁の相手だ。このとき彼女は、最上に対し、とっさにテコンドーの技を使ってけがをさせていた。結局、最上もセクハラの事実が公に出るのを恐れて、示談で決着したのだが、この一件が原因で新聞社に居づらくなった東雲はネットニュースに出向する。

選挙戦中、最上と久々に接触した東雲は、西から入手した証拠を突きつける。だが、最上はシロだった。
じつは西は東雲を出し抜くため、わざと最上が不正にかかわっているかのような話を吹きこんでいたのだ。彼女も猿滑と同じくフェイクニュースをつかまされていたことになる。因縁の相手をつぶしたいという思いが先走るあまり、西の思惑に乗ってしまった……そのことに気づかされ、動揺する東雲。このとき最上が彼女に対し口にした「感情は厄介だ。誰もが感情から逃れられない」は、フェイクニュースやネット炎上などを考えるうえで示唆的だ。

副題の「どこか遠くの戦争」は何を意味していたのか


実際に不正にかかわっていたのは、最上が選挙で争っていた現職知事の福田(三田村賢二)だった。西はそれをスクープするため材料をそろえたが、肝心の記事は新聞の慣例に阻まれて出せなかった。おかげで東雲に再びチャンスがめぐってくる。

新聞は無理でもネットメディアでなら伝えられる。東雲はそう言って宇佐美を説得し、あらためて裏を取った上で知事の不正疑惑をスクープする。それは選挙戦の最終日だった。最上と知事が群衆を前に演説する様子を見守っていた東雲は、知事側の支援者から非難される。それを救おうと、一緒にいた猿滑が最上からマイクを奪うと、人々に冷静になるよう呼びかけた。
そこへ突然、疑惑の焦点となった移民受け入れをめぐり反対派と賛成派のデモ隊が現れ、激突する。その場は大混乱に陥り、けが人も猿滑を含め大勢出た。

デモ隊の登場はちょっと唐突な感じもしたが、その描写はさまざまなイメージを喚起させるものだった。デモ隊の衝突は、世論の分断の表れだろう。選挙用ののぼりに火がつくさまは、文字どおりネットの「炎上」を彷彿とさせた。その光景は、いまネット上で繰り広げられていることを具現化したものなのか、それとも、ネットでの問題を放置すれば、いずれ現実にもこんな混乱が起こりうるという警鐘なのか。このドラマの副題の「どこか遠くの戦争」とは、まさにこのクライマックスを指していたのだ。

編集長のセリフは作者のセルフツッコミ?


かつてマスコミがいまよりずっと信用されていた時代、新聞や雑誌の報道が、時の権力者を失脚に追いこんだこともあった。しかしこのドラマではそうはならず、東雲が英雄になることもなかった。選挙は現職知事の勝利に終わり、不正の捜査も秘書が逮捕されるにとどまった。家庭を失った猿滑も行く当てが見つからず、段ボールハウスに暮らしていた(前編では東雲が編集会議で「路上生活者の実態調査」を提案していたが、ここにつながっていたのか?)。

しかし東雲も猿滑も、また落選した最上も再起の糸口をつかみ、まずはハッピーエンドを迎える。
バッシングがエスカレートして、完膚なきまでに叩きのめされがちな時代にあって、たとえさんざん叩かれても人生はやり直せるのだと、このドラマはあくまで希望を示して幕を閉じた。

後編で印象に残った会話がある。それは、東雲が知事の不正について記事にしたいと編集長の宇佐美に申し出た場面。このとき、なかなかGOサインを出さない宇佐美に、東雲は「嘘がまかり通る社会を娘さんに残したいですか。社会の崩壊を見せたいですか」という殺し文句を口にした。これに対し宇佐美は「東雲……いまのセリフ、用意してただろう」と返す。この宇佐美の言葉は、いかにもドラマっぽいセリフに対する作者の自嘲というかセルフツッコミともとれないだろうか。

このドラマでは、クライマックスでの群集の騒動のシーンのようにドラマならではの場面があった一方で、善悪がはっきりしたわかりやすい物語にはならないよう、視聴者の予想をくつがえす展開が何度も繰り返された。フェイクニュースを、都合のいい情報を組み立てて単純な話にでっちあげたものと定義するなら、こうした緻密で慎重なドラマのつくり方こそ、フェイクニュースに対する何よりの批判だったようにも思える。
(近藤正高)

「フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話」
【脚本】野木亜紀子
【音楽】牛尾憲輔
【出演】北川景子、光石研、永山絢斗、矢本悠馬、池津祥子、金子大地、吉田ウーロン太、小林きな子、筧美和子、坂口涼太郎、駒木根隆介、永岡佑、神保悟志、おかやまはじめ、安井順平、新井浩文、三田村賢二、岩松了、杉本哲太
【制作統括】土屋勝裕
【プロデューサー】北野拓
【演出】堀切園健太郎
NHKオンデマンドで配信中
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