『ボヘミアン・ラプソディ』は、正直なところ伝記映画とは言いにくい作品だと思う。おれはクイーンというバンドに対してそこまで詳しいわけではないが、それでも「こんなに面白くてエモい実話があってたまるかよ〜!」と思いながら見ていた。
それはつまり、『ボヘミアン・ラプソディ』はとても面白くてエモい映画であるということの裏返しだ。
「ボヘミアン・ラプソディ」クイーン詳しくないけどこれはたまらん必見!フレディからの大事な教訓が響いた

ベタだけどエモい! ミュージシャン映画のツボを押さえたクイーン物語


この映画のオープニングは1985年、ライブ・エイドの会場へと向かうクイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの姿から始まる。1985年なので短髪に口髭の「後期型フレディ」である。そこから一気に1970年まで遡り、まだ彼がファルークと名乗っていた当時にブライアン・メイ、ロジャー・テイラーと出会い、ジョン・ディーコンを加えてバンドを結成するところからストーリーが始まる。

『ボヘミアン・ラプソディ』のストーリー自体は、ミュージシャン映画に割とよくあるパターンを踏襲している。才能ある若者たちが集まって悪戦苦闘しながら曲を作り、それがレコード会社の目に止まってデビュー。スターダムを駆け上がり、大成功する。が、最初は仲が良かったバンドも金や女のトラブルで内部がごたつき、いつしか危機的状況に……。「見たことある〜」というストーリーラインにクイーンというバンドの要素をはめ込んでいるので、当然ながら史実とは異なる点も多い。

でも、だがしかしである。『ボヘミアン・ラプソディ』は、そのベタなストーリーに対して完全に開き直り、「こっちの方が盛り上がるからええんじゃ〜!」とばかりにエモーショナルな展開を叩き込んでくる。とにかく冒頭に出てきたライヴ・エイドのステージに向けてメンバー全ての感情が流れ込む作りになっているので、満を持してウェンブリースタジアムの満員の客の前にフレディが登場した瞬間には、映画を見てる観客もエモすぎてボロ泣きである。史実がどうのこうのを飛び越えて、映画として面白くなっちゃってるのだ。
実話を再現した伝記映画とは言いにくいが、面白いかどうかと言われたら真っ当に面白い。

フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックもすごい。はっきり言って顔はあんまりフレディに似ていない。ブライアン・メイ役のグウィリム・リーがめちゃくちゃ似てるのとは対照的である。しかしこのラミ・マレック、動くとほぼフレディなのだ。動きが完コピなので、見ているうちにだんだん「あれ……フレディなのでは……?」という感じで印象がぼやけてきて、ライヴ・エイドのあたりではもうすでに「うわ〜! フレディの見たことあるやつの動き〜〜!」と認知がガバガバになってしまう。あの「最初は全然似てないけど、上映時間の中でだんだん似てくる感じ」は『ハン・ソロ』でのオールデン・エアエンライクっぽい。

曲ができればケンカも収まる! でも悪いと思ったら謝ろう!


『ボヘミアン・ラプソディ』で何度か繰り返されるのが、「メンバーがケンカしそうになるけど、その時に瞬時にいい曲ができちゃったのでなんとなくなかったことになる」というシーンである。

例えば、フレディが遅刻してスタジオにやってくる。当然ブライアンやロジャーといった他のメンバーは「お前また遅刻したのかよ」「いい加減にしろよ」と怒り、でもフレディは「そんな怒んなくてよくない?」と全然反省したそぶりを見せない。このままでは殴り合いは必至、あわや解散の危機……となったところで、隅っこのほうにいたジョン・ディーコンがいきなりベースを弾き始める。他のメンバーたちは「あれ? なにそのリフ」「いいじゃん」「もっかいやって」とか言いながらワラワラとケンカをやめ、即座に曲ができるのである。


こちらとしては当然「嘘でしょ〜!」と思いながら見ているわけだが、この映画は「こうやってできたのが『Another One Bites the Dust』でございます……」とか言い出すし、実際に誰もが知ってる名曲がその場でズドーンと流れてくる。そうすると我々も「アッなるほど〜」と納得してしまうのである。なぜならベースのリフがかっこいいからだ。そりゃケンカなんかやめるだろう。しかも天丼というか、『ボヘミアン・ラプソディ』ではこういうシーンが何回も挟まるのである。回数が重なると、さすがにちょっと笑ってしまった。

この「ケンカになりそうになったけど、その瞬間に曲ができたから収まる」というシーンから読み取るべきは、「出力物がイカしてるなら、ちょっとくらい遅刻したり生意気でも許される」というメッセージではないだろう。なんせ遅刻しているのは普通の人間ではない。フレディ・マーキュリーなのである。みなさん、もしフレディ・マーキュリーと待ち合わせしてて、特に連絡もなくフレディが2時間ほど遅刻してきたとして、「お前ちゃんとしろよ! 社会人だろ!」って怒れますか? おれは無理である。しかも遅刻はしても、直後にとんでもない名曲をその場でサラッと作っているわけで、そりゃクイーンのメンバーもケンカをやめるというものである。

よって、『ボヘミアン・ラプソディ』から読み取るべきは、「もしもあなたがフレディ・マーキュリーじゃないなら、なるべく遅刻はしない方がいい」という教訓であろう。
もっと言えば、映画の中ではフレディですら人間関係でいろいろモメる。遅刻程度だったらその場でいい曲ができれば許していたようないい人揃いなクイーンのメンバーも、やっぱり堪忍袋の緒が切れる時だってあるのだ。あのフレディ・マーキュリーですらやっぱり人間関係のトラブルを抱えるならば、フレディでない我々はもっと気を使ったほうが無難だろう。

まさかクイーンの映画を見て、最終的な結論が「遅刻はやめよう」「怒られたら謝ろう」みたいなことになるとは思っていなかった。しかし、実際『ボヘミアン・ラプソディ』は割とそういう映画だと思う。やらかしたな……と思ったら素直に謝ることの大事さを、フレディ・マーキュリーは身をもって教えてくれたのである。
(しげる)

【作品データ】
「ボヘミアン・ラプソディ」公式サイト
監督 ブライアン・シンガー
出演 ラミ・マレック ルーシー・ボイントン グウィリム・リー ベン・ハーディ ジョセフ・まっゼロ ほか
11月9日より全国ロードショー

STORY
1970年、とあるバンドに新しくインド系の若者が加入した。彼は名前をフレディ・マーキュリーと変え、クイーンと名付けたバンドは大成功を収める。しかしフレディと他のメンバーのズレは大きくなっていき、バンドは空中分解手前の状態に追い込まれる
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