野木亜紀子脚本の水曜ドラマ『獣になれない私たち』が最終回を迎えた。ダメな5人の男女が織りなす“ラブかもしれないストーリー”はどのような結末を迎えたのだろうか? 

最終回なのに「変わらない」


一線を越えてしまった晶(新垣結衣)と恒星(松田龍平)は疎遠になっていた。

「距離感を間違えて……大後悔中です」

お互いに弱っている中、なりゆきで体を重ねたふたりに対して、「美しくなかった」「こんなところでしてほしくなかった」という批判が起こったという記事があったが、そんなことは織り込み済みである。
事実、晶は恒星とのことを「最低の関係」と言っていた。

ふたりは鉢合わせて「5tap」に行くが、いつもはカウンターで隣合わせて飲んでいたふたりが、テーブルを挟んで飲んでいる。これも距離感の表れ。それにしても「事故」で片付けようとする恒星はヒドイ。

そこへ晶の同僚、松任谷(伊藤沙莉)と上野(犬飼貴丈)がやってくる。会社を辞めそうになっている晶を引き止めに来たのだ。

おろおろするばかりの上野を横目に、カッコいいところを見せたのが松任谷だ。晶にずっと頼ってばかりだったのがウソのように、「深海さん、辞めればいい」「深海さんが幸せなほうがいい」とカッコいいことを言う(ただし、本音は違ったけど)。思えば、「しあわせなら手をたたこう」状態に陥っていた晶の変調にいち早く気づいていたのが松任谷だった。

ふたりが帰った後、晶は社長の九十九(山内圭哉)に自分の気持ちがまったく伝わっていないことが「むなしい」と呟く。恒星は「そんな簡単に変わらないだろ」とポツリ。もう最終回なのに変わらないんですか……。


ダメな人たちのはじめの一歩


姿を消した朱里(黒木華)はウサギのたっちん(名前の由来は橘カイジ)を三郎(一ノ瀬ワタル)に預けて、ネットカフェに引きこもっていた。地味に動画サイトで敬愛するカイジの妻・呉羽(菊地凛子)の応援をしているところが健気。晶と京谷(田中圭)が自分を探していると知って、悪態のメッセージを送るが、晶から優しい返事をもらって落ち込んでしまう。

「人に優しくされると、自分が優しくないのが悲しくならない?」
「だったら、自分も優しくしたらいいんじゃないスか?」

三郎の返事が素敵。ピュアな三郎のファンになった女性視聴者は意外と多いのではないだろうか。かくいう朱里も晶の励ましを受けて、三郎とともにラーメン屋「雷々軒」に住み込みで働くようになった。ダメだった女が一歩、前に踏み出した。

もうひとり、ダメな男・京谷は恒星に言われたことを真に受けて、なんとかして晶とヨリを戻そうとしていた。グズグズ言ってる京谷に「終わったでしょ」とキッパリ言う千春(田中美佐子)が痛快だったが、まだしばらく京谷はグズグズして、最後は晶本人に引導を渡された。最後はバツ3の上司・橋爪(山口馬木也)とともに合コンに出陣。男も女も失敗を重ねて幸せを掴むことは少なくない。京谷も今回の手痛い失敗を生かしてほしい。

くれちん最高! でも、くれちんになれない私たち


「橘呉羽です。このたびはお騒がせして申し訳ありません。
いろいろと誤解を招く行動をとったことを反省しています。今後は立場をわきまえ、良き妻として慎重に行動してまいりたいと思います」

浮気騒動で世間を騒がした呉羽は、スポンサーと株主と世間を納得させるため、地味なワンピースを着て謝罪会見に臨んでいた。報道陣の前でしおらしく謝罪の言葉を述べた呉羽だが、「授かり婚ですか?」「お子さんのご予定は?」とデリカシーマイナス100レベルの質問を浴びて静かにブチ切れる。

「結婚って、子どもつくるためにするの? 一緒にいたいから結婚したの。それ以上何かある?」
まさに呉羽無双。「反省していないということですか?」といやらしく言質を取ろうとする記者をものともしない。

「反省してます。ここにこんな格好でノコノコ出てきたことに反省してます。橘呉羽は橘カイジの妻である前に、呉羽です。これからも好きに生きようと思います。カイジと一緒に」

中継を見ながら「うんうん」と相槌を打ったり、「よろしく」と呟くカイジ(飯尾和樹)が本当に素敵。無礼な記者に「あんた、何しに来たんだ」と言われた呉羽はカメラに向かってこう言い返す。


「自分以外の何者にもなれないことを確かめに。ほいじゃ」
「くれちん、最高!」

喝采を送るカイジは、呉羽が子宮を摘出する手術を行ったと話したとき、こんな風に言ったのだという。

「くれちんは何も失っていない」
「くれちんは新しいくれちんになっただけ」

すべてを捨てて、新たにシドニーに移住してしまう呉羽とカイジは世の中に平気で“爆弾”を投げまくり、自分を殺さずに言いたいことを言う“獣”だ。だけど、彼女たちのような人間は稀だ。こんな生き方や態度は誰もが真似できるわけではない。人はなるべく感情的にならないように過ごしているし、感情的になるとろくなことがない。後悔もする。リスクもある。

「それでも……人に支配される人生はごめんだ。バカか?」
「いいんじゃない、バカで」

くれちんはたしかに最高だ。だけど、みんなは呉羽にはなれないし、ドラマの主人公がみんな呉羽というわけにはいかない(それじゃ「スカッとジャパン」だ)。だけど、彼女のような人に感化されて、小さな“爆弾”をぶん投げようとする人がいる。
晶と恒星だ。
「獣になれない私たち」は押し潰されそうになりながら少しでもマシなほうへ歩み出そうとする私たちのリアル
イラスト/まつもとりえこ

晶と恒星が投げた“”爆弾


「私は社長の下で働く人間です。人間。人間だから、うれしかったり悲しかったり間違えたりもします。もう限界って思ったりもします」

出社した晶は九十九に敢然と言い放って辞表を出す。

「自分を殺して、本当に死んでしまう前に、辞めます」

そんな晶を見て、ついにこれまで黙っていた佐久間(近藤公園)らが助太刀をする。晶を女神と奉っていた上野でさえも「深海さん、次の職場でも頑張ってください」と晶から卒業してみせた。

恒星も“爆弾”をぶん投げた。粉飾決済を自爆覚悟で税務署に告発し、自分に粉飾を迫っていた高梨の会社に乗り込む。

「もう手は貸しません。あんたの会社の所得隠しもついでにタレ込んでおいたから。じゃ。あ、一発殴っていい?」

自分の心を殺そうとした相手をぶん殴って逃げる恒星は、この作品の中で一番楽しそうな顔をしていた。


晶と恒星の行動は似ているが、微妙に違うところがある。晶は九十九との対話を試みているが、恒星は一方的に対話を打ち切って相手をぶん殴っているところだ。

晶と九十九の間には決定的な分断はない。晶が黙って辞表を叩きつけ、他のスタッフも全員辞職すればさすがの九十九も困り果てるだろうが、このドラマのつくり手たちは一方的な断罪や分断を周到に避けているようだ(この後、九十九が佐久間たちに「5tap」に連れてこられる描写まである)。

一方、恒星の相手は高梨という名前と体はあるが、血が通っていない影のような人物だ。彼には顔を見せない高圧的な上司がいるが、それは見えない敵の象徴のようでもある。見えない敵は殴れないが、見える敵は殴ってやればいい。恒星の行動は、前々回の自分の言葉の実践だった。

ふたりはラストシーンで教会の鐘が聞こえる場所でそっと手をつなぐ。一緒に寝ても寝ていなくても、恋人にならなくても、運命の鐘が聞こえなくても、手をつなぐ自由は誰にだってある。もちろん、そこには心からの信頼と好意がなくてはならない。晶と恒星は、ずいぶんまわり道をしながら、ようやく人間同士の付き合いに戻ったようだ。


「けもなれ」と「anone」


「獣になれない私たち」は視聴者を安易にスカッとさせないドラマだった。カタルシスも爽快感もない。ストーリーも複雑で、じっくり時間をかけて生活や仕事や恋愛を描いているわりに、劇的に何かが変化したり、大きく前に進んだりすることもなかった。恒星のセリフ「そんな簡単に変わらないだろ」を地でいくような展開だった。

登場人物も複雑だった。それぞれが強さ、弱さ、良いところ、ダメなところなど、いろいろな顔を持っていて多層的だった。誰にでも好かれる笑顔が売りの新垣結衣だったが、その笑顔を逆手にとって、非常に複雑な内面を持つ晶という人物をつくりあげていた。

パワハラ社長の九十九も、絵に描いたようなわかりやすい悪者として描かれていない。晶にやり込められたり、反省して改心するどころか、特に何も変わらず、おまけにどこか愛嬌のある人物として描かれていたのも視聴者のモヤモヤを誘ったことだろう。

さまざまなところで言われているが、脚本の野木亜紀子と主演の新垣結衣が組んだ前作「逃げるは恥だが役に立つ」が新しい平等な男女関係を描きつつ、それを多幸感と両立させたドラマだったので、「けもなれ」にも同じような先進性とハッピーさを求めていた視聴者は肩透かしをくらったのかもしれない。視聴者が抱えたフラストレーションは低い視聴率として表れている。

「けもなれ」はリアルなドラマだった。つらい仕事の現場もリアル。横行するパワハラもリアル。それがなかなか改善されない状況もリアル。取引先によるセクハラもリアル。恋人によるナチュラルな女性蔑視もリアル。対人問題による失業もリアル。引きこもりもリアル。介護問題もリアル。震災による原発問題もリアル。見逃される不正もリアル。敵が見えないのもリアル。それに流されていくのもリアル。弱っている者同士が安易に寝てしまうのもリアル……。

じゃ、単にリアルな問題を次々と見せつけてカタルシスを求める視聴者をうんざりさせるのが目的のドラマだったのかというと、けっしてそんなことはない。「けもなれ」が描いていたのは、いろいろなものに押し潰されそうになっているけど、なんとかそこから脱して、少しでも良い方向に進んでいきたいという人々の遅々たる歩みである。そのためには“獣”になって心の奥底に隠してあった本音を吠えてみることも必要になるし、“人間同士”として支え合える仲間も必要になる。もちろん、疲れた心を癒すオアシスのような場所も。タクマラカン!

同枠の坂元裕二脚本「anone」も世の中にすり潰されそうになっている弱者たちが寄り集まって、今より少しでもマシになろうとする姿を寓話めいたタッチで描いた作品だった。「けもなれ」はリアルな恋愛ドラマの形を借りて、世の中に押しつぶされそうになっている人たちが少しでもマシになろうと悪戦苦闘する日常を描いたドラマだったと言えるだろう。なお、両作とも演出は水田伸生氏である。
視聴率的に成功作とは言い難いが、現代の気分をすくい取り、少なくない人を惹きつけ続けたのは、ひとえにドラマの力によるものだろう。
(大山くまお)

「獣になれない私たち」
水曜22:00~22:54 日本テレビ系
キャスト:新垣結衣、松田龍平、田中圭、黒木華、菊地凛子、田中美佐子、松尾貴史、山内圭哉、犬飼貴丈、伊藤沙莉、近藤公園、一ノ瀬ワタル
脚本:野木亜紀子
演出:水田伸生
音楽:平野義久(ナチュラルナイン)
主題歌:あいみょん「今夜このまま」
チーフプロデューサー:西憲彦
プロデューサー:松本京子、大塚英治(ケイファクトリー)
制作著作:日本テレビ
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