新垣結衣主演の水曜ドラマ『獣になれない私たち』。5人のダメな男女が交錯しながら恋愛や仕事に四苦八苦する“ラブかもしれないストーリー”も佳境にさしかかってきた。


いきなり余談めいた話で恐縮だが、先週分の原稿を担当編集さんに送ったところ、こんな返事が来た。「登場人物の名前、“口”が多いですよねぇ」。

あっ、と思った。脚本の野木亜紀子さんは登場人物の名前に凝ることで知られている。インタビューでは「こんなタイプの人かなあと決めたうえでどんな名前にしようか考えます。名前だけで3日くらいかかることもありますよ」と話していた(『テレビブロス』11月号)。


あらためて主要登場人物5人の名前を見返してみると、深海晶、根元恒星、花井京谷、橘呉羽、長門朱里。たしかにファーストネームに“口”が多い。しかも、よく見ると晶と恒星は“日”になっている。口が閉じているのだ。晶は日が3つ、恒星は日が2つある。どれだけ口を閉ざしているのか。


珍しい名前の京谷は口が2つある。別の方向に別のことを言っていたということだろう。呉羽は口が1つだけ。本音しか言わないということだろう。朱里は口にバッテン(十字)がついている。本音を言わないよう封じられたようにも見える。


『獣になれない私たち』の“獣”という字にも口があって、タイトルバックでは「ガオー」と吠えている。“ラブかもしれないストーリー”は心の中の言葉を語るか、語らないかのストーリーなのだ。たしかにそんな第7話だった。
「獣になれない私たち」なぜ「京谷」という不思議名前がつけられたのか。心中の言葉を語るか語らないか7話
イラスト/まつもとりえこ

「真面目な話」と「本音」が言えない2人


冒頭、いきなり長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』を使った嘘をぶっこいている恒星(松田龍平)。晶(新垣結衣)に嘘だとバラすと、こんなことを言う。

「真面目に話さないだろ、酒の席で」
「そういうところじゃない? そうやって呉羽さんと真面目に話してこなかったから、今こうなってるんじゃない?」
「真面目な話……。じゃ、自分は?」
「ん?」
「自分は話してきたのかよ。
京谷と、本音で。本音で話してこなかったから、今こうなってるんじゃない?」

やっぱり「真面目な話」と「本音」が鍵になっている。呉羽に向き合わなかった恒星は悩みを打ち明けてもらえず、そのまま別の男に連れ去られてしまった。晶は恋人の京谷と本音で話してこなかったから関係がこじれにこじれている。

一方、晶が勤めるツクモ・クリエイト・ジャパンでは社長の九十九(山内圭哉)が設置した監視カメラが社員たちの労働意欲を奪っていた。SEの佐久間(近藤公園)がこぼす。


「俺は仕事って信頼だと思うのね。信頼してもらうためには言葉も尽くすし、努力もしたい。それ諦めちゃったら、関係性ってつくれないでしょ」

人と人との信頼や関係性を築くためには気持ちや仕事の結果だけでは足りない。言葉を尽くすことも必要になる。だけど、音声まで拾ってしまう監視カメラは言葉を奪い、社員たちの関係性まで破壊してしまったようだ(実際、SEたちは出社していない)。うーん、言葉って大事。
本音はもっと大事。

晶と呉羽、晶と朱里のシスターフッド


第7話では、京谷を介して出会った女性たちがそれぞれ友情と連帯(シスターフッド)を築く話でもあった。

まずは晶と呉羽(菊地凛子)。呉羽は晶の恋人の京谷(田中圭)と一夜をともにしており、それが晶と京谷の関係をこじれさせていた。明らかに敵対する関係のはずだけど、晶と呉羽は第6話で直接会って本音をぶつけ合っていている。呉羽は晶に自分の秘密を打ち明けてもいた。だから、呉羽は「5tap」で晶を見かけると、いきなりハグしてくるし、ハグされても晶はそれほどイヤそうな顔をしていない。

「100回ハグする頃には許してもらえるかな?」と甘えた声を出す呉羽に「1000回」と答える晶。2人の間には友情が芽生え始めているよう。仲良く歩いている姿を見た恒星もうれしそうだ。

次に晶と朱里(黒木華)。朱里は京谷の部屋に住み着いている元カノで、晶と京谷の破綻の元凶とも言える存在。そして、朱里は自分が失った仕事や恋愛をすべて持っている晶のことを逆恨みしていた。

朱里は受け取った宅配便と飲み代を返しに晶の部屋を訪れ、そのままなりゆきで泊まってしまう(晶って本当優しい)。さらに次の日も(恒星にビールをぶっかけたりした後)泊まることになった朱里に、晶はビールを差し出してこう告げる。

「朱里さんと本音で話してみようかなーって」

ここも本音。野生の小動物のようにいちいち突っかかってくる朱里に、晶は自分の思っていることを語る。

「私と朱里さんって似てると思う」
「どこが!? ぜんぜん違う!」
「性格はぜんぜん違うけど。京谷と出会った順番が逆だったら、私が朱里さんだったかもしれない」

晶も朱里も帰る実家がない。それでも頑張って働いて、朱里は破綻した。晶も破綻寸前だった。京谷は朱里を自宅に住まわせるが、朱里の存在が重くなり、やがて晶と付き合うようになる。晶は京谷が求める「明るくて物分りのいい優しい女」として振る舞い続けてきた。朱里も絞り出すように言う。

「私も思ったときある。京ちゃんは、私にあなたみたいになってほしいんだなって。でも違うから。どんどん逆のことした」
「私たち……誰の人生を生きてきたんだろうね」

晶の最後の言葉が重い。京谷に求められるまま振る舞って行き詰まってしまった晶と、京谷に反発して人生をこじらせてしまった朱里。この2人の間にも、ほんのりと関係性が芽生えつつある。

ついに本音で決断! 晶と京谷の恋の終わり


最後が晶と京谷の母・千春(田中美佐子)だ。無邪気な千春はメッセージアプリを介して晶と密なコミュニケーションをとってきた。だが、死期の迫った愛する夫・克巳(白石タダシ)の介護の問題で息子たちと対立し、孤立して疲れ切っていた。千春は訪ねてきた晶に弱っている心を素直に見せる。

「息子たちに怒られちゃってさ。私、間違ってるのかなぁ、って。わかんなくなっちゃって」

すかさず黙ってハグする晶。すすり泣く千春の背中をポンポンしている。この人は本当に優しい。

実家には京谷も帰ってきた。父の姿を見て「痩せたな。別人みたいだ」と呟く。それだけ長い間、実家に寄り付いていなかったのだろう。そういえば京谷は晶の会社での働きぶりや九十九の傍若ぶりも一切知らなかった。自分のことしか興味がないのかもしれない。

京谷は兄(金井勇太)と一緒に父を入院させようとするが、自宅で看取りたい千春はそれを阻止しようとする。晶は2人がかりで千春を言いくるめようとする男たちに割って入って宣言する。

「加勢します」

筆者はこの一言がなんだか泣けて仕方がなかった。男たちに向かって「千春さんの覚悟を一緒に背負ってあげられませんか?」と敢然と言う晶に、今度は千春が抱きついている。本音で語り合い、お互いの気持ちを理解しあったからこそ、連帯が生まれるのだ。

だけど、肝心の京谷とはついにわかりあえなかった。相模湾を見渡す砂浜で語り合う2人。京谷は父親のようにはなれなかったと自嘲する。父親のような男とは、こんな男だ。

「母さん守って、家守って、家族を愛して。幸せにする男」

「守る」「愛する」「幸せにする」。どれも男の側からの一方的なものだ。女はそれを甘受していればいい、というのが京谷の考え方なのだろう。晶は思っていることを言い返す。たぶん、一緒になってから初めて。

「千春さんは守られてただけじゃなかったなかったんじゃないかな? 千春さんは千春さんでたくさん戦って、克己さんと一緒に怒ったり泣いたり笑ったりしてきたんじゃないかな? そうやってたくさんの時間を共有してきたんじゃないかな?」

ピンと来ていなくても「うん」と言ってしまえるところが京谷の面倒なところだ。晶は続ける。

「京谷と別れるってことは、私にとって人生を捨てるのと同じだった。捨てたくなくて、しがみつくばっかりで、笑ってごまかして、本当のこと何にも言えてなかった。でもそれってもう、私の人生じゃないよね」

朱里に言った「誰の人生を生きてきたんだろうね」という言葉からつながっている。誰かの顔色をうかがい、誰かのために尽くし、誰かの求めるがまま自分の人格も人生も歪めていく。そんなのは自分の人生じゃない。

「私は、私の人生を放り投げてた。投げたくない。だから、京谷とは終わりにする」

「あぁ、やっと言えたぁー……気持ちいい」とうれしそうな晶は、ついでに松任谷(伊藤沙莉)が言っていた「可愛くなくて何が悪いんじゃボケ、うっさいわ」と自分で言ってまたうれしそう。そして立ち上がり、ゆっくり歩き出す。自分の人生を歩き出すかのように。

本音を言えるようになった晶(“品”状態)は、余計なことは言うけど大事なことは言えない恒星にズケズケと物を言うようになった。

「爆弾はいつつくるの? 日常を壊す爆弾。300万円で不正しないための」
「……爆弾はつくりませんねぇ。危ないし」
「不正の書類はいつ出すの?」
「11月末」

11月末といえば、晶の部屋の更新日と同じ! じわじわ進む第8話は今夜9時から。
(大山くまお)

「獣になれない私たち」
水曜22:00~22:54 日本テレビ系
キャスト:新垣結衣、松田龍平、田中圭、黒木華、菊地凛子、田中美佐子、松尾貴史、山内圭哉、犬飼貴丈、伊藤沙莉、近藤公園、一ノ瀬ワタル
脚本:野木亜紀子
演出:水田伸生
音楽:平野義久(ナチュラルナイン)
主題歌:あいみょん「今夜このまま」
チーフプロデューサー:西憲彦
プロデューサー:松本京子、大塚英治(ケイファクトリー)
制作著作:日本テレビ