もともとは専門学校のワークショップで制作されたこの映画は、一昨年の新宿K'sシネマで6日間限定で公開されると、SNSなどで話題となった。
300万円という低予算の自主制作映画が、単館から一気に上映館を拡大したのも異例なら、地上波テレビ、それもゴールデンタイムの老舗の映画枠で放送されるのも異例であり、快挙といえる。放送は完全ノーカット(冒頭のワンカットにはCMも入れないとか)、副音声でキャストの生トークも流されるというので楽しみだ。
なぜ「ネタバレ厳禁」が暗黙の了解となったのか
私がこの映画を観たのは、シネコンでも上映が始まった直後だった。その少し前から、SNSで評判をちらほら見かけたうえ、よく聴いていたTBSラジオの複数の番組で、タイアップでもないのにこの映画が猛プッシュされていて(とくに伊集院光は同局で出演する2つの番組で絶賛していた)、がぜん興味を持ったのだ。そのときにはすでに私の住む地域でも1館だけ、小さな劇場で上映されていたものの、上映は一日1回のみとあって、なかなかタイミングが合わなかった。そこへ来ての上映館の拡大はありがたかった。
実際に観た映画は期待に違わず、十分に楽しめた。ただ、劇中、走る登場人物を追うカメラがブレて、観ていてちょっと映像酔いというか気持ち悪くなった場面もある。おそらく前方の席を選んだのがいけなかったのだが、今回のテレビ放映でも、視聴される方は、くれぐれも部屋は明るくして、画面には近づきすぎないようにしていただきたい。
先に書いたとおり、『カメ止め』は、評判が評判を呼んで異例のヒット作となった。しかし、観た人たちはまるで暗黙の了解のように、この作品について面白いとだけ伝えて、肝心の部分は言わずにいた。
そもそもこの作品は、ラストがどうのというのではなく、物語の構成や設定からして、あらかじめ知ってしまうと面白さが減じてしまう。だからこそ、観た人たちは、ほかの人にもこの面白さを知ってほしいとの気配りもあって、ネタバレを避けたのだろう。
『カメ止め』を生んだ時代背景とは?
さて、ここからはちょっとネタバレになるので、まだ観ていない人は、「金曜ロードSHOW!」が終わってからにでも読んでいただきたい。
私は『カメ止め』を観たあと、どこか既視感を覚えた。本作の“元ネタ”については、すでに監督の上田慎一郎が、三谷幸喜脚本の舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』、また劇団PEACEの『GOST IN THE BOX!』といった作品にインスパイアされて本作を撮ったと明かしている。いずれも劇中劇が演じられ、後者は後半においてその舞台裏を見せて前半の伏線を回収するという構成が『カメ止め』と共通する。このほか、『カメ止め』については、イギリスの劇作家マイケル・フレインの『ノイゼズ・オフ』との類似を指摘する向きもあった(「指南役のTVコンシェルジュ 第43回 『カメ止め』に学ぶオマージュの心得」)。
ただ、私が感じたのは、ある特定の作品との類似というよりは、むしろ最近のさまざまなジャンルの作品に共通する“何か”である。そこには、『カメ止め』がこの時代にヒットした理由も隠されているようにも思われた。
私が思い出した作品には、たとえば、劇団「シベリア少女鉄道」の初期作品『耳をすませば』がある。
あるいは、アンジャッシュのコントでは、二人があるシチュエーションのもと相手の事情や立場を互いに勘違いしたまま会話をしていると、最初のうちこそどうにか辻褄が合っていたのが、しだいに話が食い違ってくる。
これらと『カメ止め』の共通点を一言でいえば、「文脈のズレ」とでもなるだろう。いずれの作品・演目も、同じ言葉や行動が、違う文脈に置かれる(『カメ止め』でいえば舞台裏を見せる)ことで別の意味が生じてしまう点で一致する。受け手はこのズレに意表を突かれたり、おかしみを感じて笑ったりするというわけだ。
ここにあげたうち、シベリア少女鉄道の『耳をすませば』は2002年初演で、「最近の作品」とは言いがたいが、同劇団は現在もこうしたギミック感にあふれた作品で知られる。演劇やお笑いの世界ではこれら以外にも、この手の複雑な構造を持った作品・演目が近年、ますます増えているような気がする。『カメ止め』はまさに出るべくして出た作品といっていいだろう(そういえば、『カメ止め』を観た人の感想のなかには、ナイツの漫才での伏線の回収を思い出したというのがあったような)。
『カメ止め』のような作品が、いまウケるのはなぜなのか。それは、現在の世の中では、まさに文脈のズレがあちこちで頻発し、人々の争いのもとになっているからではないか。ツイッターなどでも、同じ言葉をお互いに違う文脈で使っているがために、まったく噛み合わないやりとりをよく見かける。「文脈のズレ」を採り入れた作品がウケるのは、そうした時代の反映のような気がしてならない。
思えば、『カメ止め』もまた、上田監督と同監督が着想を得たという舞台『GOST IN THE BOX!』の代表著作権者および関係者とのあいだで、クレジットの表記をめぐって一時対立が生じた。上映館の拡大に際して「原案:劇団PEACE『GHOST IN THE BOX!』」というクレジットが入るようになったものの、「原案」という表記に舞台の関係者側から疑問符がつけられたのだ。しかし、今回のテレビ放映を前に、「共同原作 和田亮一 上田慎一郎」「企画開発協力 荒木駿 大坪勇太(劇団PEACE)」「Inspired by: 「GHOST IN THE BOX!」(和田亮一/劇団PEACE)」というクレジットを入れることで両者が合意したと発表された(「シネマトゥデイ」2019年2月28日)。この対立もまた、「原案」という言葉の解釈のズレが生んだものといえる。世の多くの「文脈のズレ」に端を発する争いも、このケースのように当事者たちがしっかりと話し合って、無事に解決すればいいのだが。
(近藤正高)
【作品データ】
「カメラを止めるな!」
監督:上田慎一郎
出演:濱津隆之 真魚 しゅはまはるみ 長屋和彰 細井学 市原洋 山崎俊太郎 大沢真一郎 竹原芳子(現・どんぐり) 浅森咲希奈 吉田美紀 合田純奈 秋山ゆずき
撮影:曽根剛
録音:古茂田耕吉
助監督:中泉裕矢
特殊造形・メイク:下畑和秀
ヘアメイク:平林純子
制作:吉田幸之助
主題歌:「Keep Rolling」/歌:謙遜ラヴァーズ feat. 山本真由美
音楽:鈴木伸宏&伊藤翔磨 永井カイル
アソシエイトプロデューサー:児玉健太郎 牟田浩二
プロデューサー:市橋浩治
製作:ENBUゼミナール
配給:アスミック・エース=ENBUゼミナール